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Column あの人に聞きました

保育園義務教育化12将来成功する子どもに欠かせない能力とは?【古市憲寿/保育園義務教育化・12】

2016.12.12

社会学者・古市憲寿さんの著書『保育園義務教育化』の内容をご紹介していく連載。

「人生の成功は6歳までにかかっている」という2章はまだ続きます。前回は、日本の教育政策では、偉い人たちが「私の経験」を披露することが多いという不思議な現象についてご紹介しました。学力に関するデータよりも、個人的な意見が尊重されてしまうというのです。

今回は、人生で成功した子どもに共通する、「非認知能力」について。いわゆる「学力」とはまた違う能力。この本のキーワードとも言える言葉です。


(書籍『保育園義務教育化』「2章」より)

教育費は、何歳で使うべき?

pretty girl sitting on the floor playing.Isolated on white.

教育経済学者の中室牧子さんによれば、経済学者の中でほぼ定説となっている見解があるという。

それは「子どもの教育にお金や時間をかけるとしたら、小学校に入学する前の乳幼児期の教育が一番重要だ」というものだ。

これは現代日本の感覚からすると、ちょっとした不思議に思える。だって多くの家庭は、保育園や幼稚園ではなく、大学や専門学校に高い学費を払っているからだ。

文部科学省の試算によれば、子どもを幼稚園から大学まで全て国公立に通わせた場合、平均で約971万円がかかるという。学習費の総額は幼稚園の時は67万円なのに、大学では437万円にものぼる。すべて私立ともなれば、2000万円以上のお金がかかる。

確かに「学費」といえば高校や大学のイメージがある。また自宅外から大学に通う人は下宿代も加わるし、理系や美大では実習費などもばかにならないだろう。ほとんどの日本人は、幼稚園や小学校の頃よりも、大学時代に高い教育費を払っている。

だけど、教育経済学の観点からすれば、このお金のかけ方は完全に間違いらしい。ちょっと難しい言葉でいうと、「人的資本への投資はとにかく子どもが小さいうちに行うべき」というのが中室さんはじめ、経済学者のアドバイスだ。

要するに、乳幼児期の教育はめちゃくちゃ大事ということである。

就学前教育が子どもの人生を決める

この主張の根拠になっている有名な実験がある。アメリカで1960年代に行われた「ペリー幼稚園プログラム」だ。

このプログラムでは、貧しい地区に生まれたアフリカ系住民の3歳から4歳の子どもたちに、質の高い就学前教育を提供した。

子ども6人を1人の先生が担当し、その先生も修士号以上の学位を持っている人に限定。読み書きや歌のレッスンを週に5日、それを2年間続けた。さらに、一週間につき90分の家庭訪問を実施し、親にも積極的に介入したという。

アメリカがすごいなと思うのは、これをきちんと「実験」にしてしまったところだ。

この「実験」では、素晴らしい幼稚園に通うことができた58人の子どもと、入園を許可されなかった子ども65人を比較、その後約40年にわたって追跡調査をした(小学校入学後は、ただ調査をするだけで、子どもたちへの教育介入は行われていない)。

日本だったら「ペリー幼稚園に入れなかった子がかわいそう!」「子どもを実験に使うな!」と炎上していてもおかしくない案件だ。だけど、この「実験」のおかげで、とても貴重なデータが手に入った。

この「実験」で何がわかったか。

ペリー幼稚園に通った子どもは、通わなかった子どもに比べて、「人生の成功者」になる確率が高いことがわかったのだ。

彼らは、19歳時点での高校卒業率が高く、27歳時点での持ち家率が高く、40歳時点での所得が高く、40歳時点での逮捕率が低かった。

つまり、たとえ貧しい家に生まれても、質の高い就学前教育を受けることができれば、高い学歴を手にし、安定的な雇用を確保し、犯罪などに走ることが少ないということが証明されたのだ。

「非認知能力」が子どもたちを成功に導く

なぜペリー幼稚園に通った子は「人生の成功者」になれたのだろうか。

僕たちは「乳幼児教育」というと、ついつい子どもに英語や算数といった「勉強」を教えればいいと思ってしまう。だが、ペリー幼稚園プログラムのキモは別の場所にあったようなのだ。

確かに、ペリー幼稚園に通った子どもたちは、小学校入学後のIQテストや学力テストの成績は、そうでない子どもに比べて高くなった。

しかし興味深いのは、こうした学力の差は年齢が上がるにつれて小さくなり、子どもが8歳前後では差がなくなってしまったことだ。

いくら質の高い幼児教育を受けたところで、学力を上げる効果は短期的だったわけである。ではどうして、ペリー幼稚園に通った子どもたちは「人生の成功者」になる確率が高かったのだろうか。

それを解く鍵は「非認知能力」にある。

ちょっと聞き慣れない言葉だが、「非認知能力」とは「人間力」や「生きる力」のようなものだ。

社会性があるとか、意欲的であるとか、忍耐力があるとか、すぐに立ち直る力があるとか、広い意味で生きていくために必要な「能力」のことを、経済学者や心理学者たちは「非認知能力」と呼ぶ。

ペリー幼稚園プログラムによって高まったのは、IQや学力テストで測れるような「学力」ではなく、子どもたちの「非認知能力」だったのだ。

質の高い幼児教育で、子どもたちは社会性や忍耐力といった「生きる力」を身につけることができた。

それが、彼らの「成功」につながったわけである。

[次回につづく]

これまでの連載はこちらから

古市憲寿(ふるいち・のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

この連載について
こちらの連載は、古市憲寿さんのご厚意により、書籍『保育園義務教育化』(小学館)の本文より、約8割ほどの内容を、順次Hanakoママウェブに公開していく、という企画です。毎週月曜日に更新します。古市さんの「この問題をできるだけ多くの人に、自分の問題として意識してもらいたい」という強い思いによって実現したものです。共感したかたはぜひ、家族や友人とシェアしてくださいね。
古市さんのインタビューはこちらから