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Column あの人に聞きました

保育園義務教育化18衝撃の事実。 「子どもが大切」ではなかった昔の日本【古市憲寿/保育園義務教育化・18】

2017.01.23

社会学者・古市憲寿さんの著書『保育園義務教育化』の内容をご紹介していく連載。

第2章「人生の成功は6歳までにかかっている」では、学力とは違う「非認知能力」を未就学児の時代に身に着けることこそ、人生の成功につながる、という話でした。社会全体のレベルを上げるためにも「保育園義務教育化」が有効だということ。

そして今回から、第3章に入ります。赤ちゃんはお母さんが育てるべき、という根拠になりやすい「母性本能」という言葉の不確かさについてです。


(書籍『保育園義務教育化』「3章」より)

3章 「母性本能」なんて言葉、そもそも医学用語でもなければ根拠もない

「母性本能」という言葉がある。

マンガ『NANA』でも、主人公のナナが産婦人科で「母性本能って……あたしよく分からないんですけど……普通は誰にでもあるものなんですか?」という相談をするシーンがあった。

この質問に対して老いた産婦人科医は「あるんじゃないかしら。女性の本能ですからね」と答える。

そんな風に僕たちは当たり前に「母性」という言葉を使ってしまう。たとえば、育児でほとんど眠れていないお母さんには「母性ってすごい」と称賛する。一方で、「お母さん」が子どもを誰かに預けただけで「母性がないんじゃない」と批判される。

だけど多くの社会学者は、「母性愛」は女性に初めから備わっている本能などではなくて、時代や環境が生み出したものに過ぎないと考えている。

赤ちゃんを産んだお母さんが感じる子どもへの愛情が嘘というわけではない。だけど、人類の歴史を紐解いてみれば、「母性愛」と呼ばれるものが時代や国によってまるで違う表れ方をしていることがわかるのだ。

日本でも江戸時代までは、赤ちゃんを捨てても抵抗感を持たない人がたくさんいた。

そもそも「母性」や「母性愛」という言葉自体、日本には大正時代までなかった。

さらに言えば、「お母さん」だけに育児の責任を押し付けるようになったのは、せいぜいこの数十年のことである。専業主婦というのも、歴史的に見れば極めて「新しい女性の生き方」なのだ。

だから、子どもがかわいく思えなかったり、たとえ育児を投げ出しそうになったりしても、決して「母親失格」だなんて思う必要はない。むしろ子どもを愛したり、守りたいと思う感情は、歴史的に見れば、決して当たり前のものではないのだ。

捨て子が当たり前だった時代

日本では、昔から子どもが大切に扱われてきたわけではない。

どうやら古代や中世の日本では、子どもを捨てるのが当たり前だったようなのだ。「日本の伝統的な子育ては素晴らしい」とか「昔は人情に溢れていた時代だった」という人がいるが、それは歴史資料を見る限り、全くの嘘だということがわかっている。

今から1000年ほど前、捨て子は日常茶飯事で、それを助けようとする人もいなかった。赤ちゃんは無防備のまま放置され、牛や馬に踏み殺されたり、犬に食べられてしまうことが多かったという。また、当時の法律には捨て子を罰する規則もなかった。

『源氏物語』などで描かれているように、貴族たちはきらびやかな生活を送っていた時代ではある。しかし庶民の世界はそこまで悲惨だったのである。

その状況はなかなか変わらなかった。

戦国時代、ポルトガルからやってきたルイス・フロイスという宣教師は『日本史』の中で次のような証言を残している。

「婦人たちが堕胎を行うというのは、日本ではきわめて頻繁なことである」

「或る人たちは、誕生後、その頸に足をのせ、窒息させて、子どもを殺し、また或る人たちは堕胎を誘致する因となるある薬草を飲む」

「朝、岸辺や堀端を歩いて行くと、そこに投げ捨てられた子どもたちを見ることが度たびある」

「日本の子どもは半裸で、ほとんど何らの寵愛も快楽もなく育てられる」

にわかには信じられないが、日本では長い間、庶民たちの間では堕胎や捨て子は当たり前のことだったらしい。それが、多くの人が非常に貧しい環境で暮らし、子どもを十分に養うことができなかったからだ。

しかも、捨てられなかった子どもが現代のように大切に育てられたわけではない。

当時は、一部の貴族などをのぞいて、男女関係なく誰もが働かなくてはならなかった。百姓も商人も、育児と家事だけをする「専業主婦」なんて存在はいなかった。

また衛生環境も悪く、医療水準も低かった時代。

乳児死亡率は非常に高く、大人になるまでに死んでしまう子どもも多かった。子どもは取り替えのきく存在と見なされていたのだ。

さらに、中世には人身売買も盛んで、10歳に満たない子どもも労働力として売り買いの対象になっていた。売買された子どもは、草刈りや芝刈り、運輸業などに従事し、貴重な労働力になっていたようだ。

びっくりではないだろうか。「子どもが大切」という価値観は、歴史的に見て少しも当たり前のことではなかったのだ。


次回は、「7歳から恋愛もお酒も解禁!? 驚くべき子育ての歴史」
連載第1回目から読む方はこちらへ

【「お母さん」を大事にしない国で赤ちゃんが増えるわけない】
【産後の身体はガタガタなのに。お母さんを気にかけてくれない社会】
【「子どもがかわいいと思えない」。理想と現実のギャップ】
【虐待をしてしまう親に共通すること】
【将来の平均年収をUPさせる、子ども時代の4つのルール】

「保育園義務教育化」連載一覧

古市憲寿(ふるいち・のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

この連載について
こちらの連載は、古市憲寿さんのご厚意により、書籍『保育園義務教育化』(小学館)の本文より、約8割ほどの内容を、順次Hanakoママウェブに公開していく、という企画です。毎週月曜日に更新します。古市さんの「この問題をできるだけ多くの人に、自分の問題として意識してもらいたい」という強い思いによって実現したものです。共感したかたはぜひ、家族や友人とシェアしてくださいね。
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