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Column 子育てエッセイ

坂上みきの「君はどこから来たの?」・5夫と子供をその場において、私は、ミラノの街に逃げた【坂上みきの「君はどこから来たの?」】

2017.06.15

ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの人気連載!

ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。

この連載は……

結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!


子連れ旅は、終わりよければすべてよし!?

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かわいい子には旅をさせよ。

旅することが好きな子であってほしい。自分も旅が大好きだったし、夫も旅が好きで、流れ流れて日本に住み着いたような人だから。

日本にこだわる必要はまったくない。世界中どこでも自分の住処になりうる(ひょっとしたら、彼らの時代には宇宙で暮らすことも可能かもしれないし)、そんな視野で育ってくれたらなぁと願う。

な~んて、大きく風呂敷をひろげてみたものの・・・

では、旅好きにするため、今からどんどん旅をしましょう!と勇んでみても、小さな子連れの旅ほど厄介なものはない。

息子初の海外旅行は、生後6か月、前回話した「洗礼式」のためのニュージーランド里帰り旅行がそれだった。

旅行準備は、戦々恐々。ネットで「初めての子連れ旅行」を検索し、先輩ママにアドバイスをもらい、忘れ物はないか? 機内でぐずった時はどうする? といった心得まで、すべてを整えておかなくては、気が気じゃない。

独身時代の気ままな旅とは、わけが違う。

旅が、まったく「別物」の感覚になった瞬間だった。

ある友人など、飛行中ずーっと、子供がぎゃあぎゃあ泣き叫び、親としてどんどん肩身が狭くなり、シートに身を隠しどうにかやり過ごしたものの、最後はいたたまれず、着陸と同時にご主人が機内の狭い通路に土下座して、「皆様、このたびは大変ご迷惑をおかけしました」と、大声で謝ったという。いやいやいや。

暑かったら、寒かったら、と不測の事態に備えて子供の衣類は山となり、粉ミルクの携帯スティックが数十本、ウエットティッシュ&臭わない汚物入れ袋は、箱ごと。

たちまち私の赤のリモア(のスーツケース)はパンパンになった。傍らで、とっくに詰め終わり「君は、パッキングがいつも遅いよね」と口にはせずとも、やれやれという顔で私を見下ろしていた夫に、「これ、お願いね」と2袋のパンパースを押し付けた。

袋ごとではうまく入らず、汗をかきかき1枚1枚をぎっちぎちに詰めて、たちまち夫の黒のリモアはオムツで埋め尽くされていった。

こうして準備も整い、私は、土下座だけは勘弁、夫は、税関でスーツケースを開けられるのだけは勘弁と祈り、私たちは旅だったのだった。

あれから毎年、クリスマス時期に里帰りを敢行している。

オムツも取れ、スーツケースもスカスカ余裕が出てきた。機内で息子は、ディズニー映画を静かに何本も観てご満悦だ。でも里帰りはあくまでも里帰り。

「旅」とは少し趣が違う。

親や兄弟と旧交を温め、親戚の家でのクリスマスパーティーをハシゴする日々。それはそれで楽しいが、大阪の実家に帰るのと、何ら変わらないっちゃ、変わらないじゃないか。

そろそろちゃんとした「旅」がしたくなった。

優雅な気分を求めて、異国まで来たのに…

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昨年夏、イタリア・パルマ郊外に別荘を持つ知人が、ちょうど日本から行くので、一緒にどお?と誘ってくれた。渡りに船とはこのこと。

美食の都パルマ。チーズもハムも、うっとりするほど口中を喜ばせてくれるに違いない。が、子連れでは、星付きのディナーなど望めるわけもなく、かねてよりここで食事をするのが憧れだった、生ハムの王様“クラテッロ”の館「アンティカ コルテ パラヴィチーナ」の、朝食を予約した。

ポー川のほとりに立つ、中世の豪農の館を改装した敷地では、放し飼いのクジャクやアヒルが戯れ、ミツバチもブンブン喜ぶ、花園が出迎えてくれる。建物に囲まれた中庭に配されたテーブルで、外でいただく朝食。ブッフェの大皿には、これでもか!とクラテッロの薄切りが整列している。

「イエ~イ、ハムが口の中でとろけるゥ~」と至福を味わった矢先、ちょこまかと息子がクジャク目指して突進。待て待て待てぇ~い、とっ捕まえる。再度「美味~」と顔をほころばせていると、農機具のあたりでごそごそ。危ない危ない危な~い。あ~あ、その繰り返し。

この館の地下の貯蔵庫には、おびただしい数の何十年と熟成されたクラテッロが天井からぶら下がっている。「チャールズ皇太子」の名札が付いたものもある由緒あるこの貯蔵庫を見学するのも、楽しみにしていたひとつだ。

が、地下に続く階段を1歩降りただけで息子が「くさッ!! ナニコレ? 無理!」と叫び、踵を返しアヒルを追いかけた。「はぁ?!」

万事がこの調子で、私のストレスがじわじわと溜まりだしていたのだと思う。

最後の1泊をミラノで過ごした。

大都会には大都会の誘惑がある。老舗のチャーミングなチョコレート屋さん、ジノリのカップ、ハイブランドのキラキラバッグ、ゆっくり吟味したいと願っても、「抱っこ」「おしっこ」「お腹がすいた」、どの店に入っても5分といられず、何も買わずに時間だけが過ぎてゆく。

極め付きは、夫がグーグルで選んでくれた、子供OK、口コミも悪くないレストランの料理が、1皿目から最悪の味で、そのくせイタリアの伊達男を絵にかいたような店長が、やたらと陽気に「料理はどうだ?」と聞いてきたりなんかして。

その時、私の中で、ぶちっと音を立てて何かが切れた。
 
何を思ったか、夫が会計を済ませている隙に、夫と子供をその場において、私は、逃げた。プチ家出? いや、家じゃないから、何といえばいい?

小雨ふるミラノの街を小走りで駆け出し、抑えられない感情のまま、しばらく、行き場のない怒りにふるえながら、あてどなく歩いた。

子供が悪いわけではない。わかってる。ましてや夫が悪いわけでもない。わかってる。わかってる、わかってる。でも、がーっと出てきた衝動を、こんなに大人になっても、理性で抑え込むことができない私は、自己中でやっかいで、めんどくさい女です。

母親失格、かもしれないね。

何度も夫からの携帯が鳴っている。しばらくシカトして、ふと顔をあげると、目の前に、息子を抱えながら、怒ったような、呆れたような、諦めたような表情の夫が立っていた。3人で無言でタクシーに乗り込み、ホテルに戻った。

帰り支度のパッキングをしながら、まだ私は、くすぶりつづけている。

しつこい女でもあるのです。ただ、泣きたかった。子供の前で泣くわけにもいかず、「行かないでぇ~」とすがる息子の手を振りほどいて、またしても、ミラノの街に飛び出し、おしゃれなブティックが立ち並ぶ、石畳の小路のスピガ通りを何往復もしながら、思いっきり泣いた。

夜はとうに更けていた。

おいしい物も、きれいな洋服も、刺激的な旅も、長い長い独身時代に、さんざん味わって、もう何の未練もなかったはずじゃなかったのか? 旅の疲れか、子育ての疲れか、本性か? 完全に自分をもてあましていた。

結局、「旅」の機は熟していなかったってことだ。

日本に帰ってきてから、おそるおそる「イタリア、どうだった?」と息子に尋ねると、「楽しかったよ」と無邪気に答えてくれ、胸をなでおろした。

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「何が?」と聞くと、「チーズ工場」。そうなのだ。ハムはダメだったけど、あのあと小さな村のチーズ工場が大好きになり、見学もさせてもらって、すっかりパルミジャーノレッジャーノ好きな男になったのだった。

グラッチェ! イタリア。

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ねかせてあるチーズの山に、大興奮の息子と、山を崩すなよと、見守る父。
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坂上みき(さかじょう・みき)

ナレーター、イベント司会、ラジオパーソナリティを務める傍ら、映画コラムやエッセイを執筆。東京マラソンでは、自己ベスト3時間58分で完走。
2006年に12歳下のニュージーランド人と結婚、2012年に男児出産。
現在は、日本テレビ「暇人ラヂオ」に出演、ラジオ日本「坂上みきのエンタメgo!go!」ではパーソナリティを務めるなどして活躍中。
「最近インスタを始めました! 子どもの撮った写真をアップしていきますので、ぜひフォローしてくださいね!」 @mikisakajo

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