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藤田あみいの「懺悔日記」・2肉体的には限界だが、休むわけにはいくまい【懺悔日記・2】

2017.02.07

妊娠出産を経て、深刻な産後うつに。
三年の月日をかけてようやく母親になった、わたしの懺悔の日記。

この連載は……

出産後、ある時期から深刻な産後うつ状態になったイラストレーター・藤田あみいさんが、3年間にわたる気持ちの揺れを克明に綴った日々の記録「懺悔日記」。その内容を、少しずつ公開していきます。


第2回・慣れない育児

2013年1月1日 

A HAPPY NEW YEAR。娘が生まれてもうすぐひと月。今年のお正月は東京で過ごすことになった。バタバタだったが、なんとか母親業をこなしている。
それにしても先月の出産後、いま思えばすごく鬱っぽくなっていた。

娘と初めて一緒に眠った夜(産後数時間だっただろうか)、娘の耳の上の方が少し内側に折れているのをみて、これはなんだろう?と思い、こっそり病室でインターネット検索をした。耳が内側に折れてる、というのでいくつか障害名がヒットしてしまった。ええ…障害…!?と変な汗をどっとかいてしまった。

なんだか産後うつとやらなのか、ナーバスになっていて、そうなのかもしれない、障害があるのかもしれない、という気持ちが頭の中をせわしなく駆け巡っていた。私が気付いてないだけで医者は気付いていたりするのだろうか…などと不安な考えが頭をよぎった。

翌日の乳児健康検査まで息をひそめるようにして不安に耐えた。不安を口に出すと、不安定な人間=ダメな母親だと思われてしまうのではないかと思い、何度も巡回してくる看護師にも不安な気持ちを打ち明けることができなかった。

結局、翌日の検診後も何も告げられず、いつのまにか不安も砂のように消えていった。

入院中はひたすら、慣れない手つきで娘のお世話をした。泣いている。おむつなのか、お腹が空いたのか。看護師によると、そのどちらでもない時もあるそうなのだ。知らなかった。そんな時は優しく抱っこして、まだ座らない首をぎこちなく支えて、あやしてみた。昼と夜の区別はまだない。警鐘のように泣く娘を、ほとんど不眠不休で抱きしめた。愛おしい体。なんていい匂いがするのだろうか。この子はどんな声で喋るのだろうか。どんな夢を持つのだろうか。母性なんてこの満身創痍の体、カラカラに乾いた心にあるものだろうかと思ったが、一厘のバラが咲いたかのように私の心は優しくなっていった。

一週間の入院ののち自宅に帰った。会陰切開をした箇所が痛くて、なかなかきちんと座ることができなかった。それと、悪露がひどかった。いつも信じられない量の血液が出ていた。いまもそれは続いている。一体いつまで続くのだろうか。割とすぐ終わる人もいるとネットには書いてあったが…。

右手も腱鞘炎になりかけている。肉体的には限界、といったところだが、小さな小さな娘を育てず、休むわけにはいくまい。

退院後はお義母さんとお義父さんが来てくれていて、二週間ほど世話をしてもらった。自宅ではあるものの、慣れない義両親との生活は少しだけ緊張したが、二人ともとてもよく気をつかってくれて、私の友人らが娘を見に来たいといった際にも、さっと喫茶店などで時間を過ごしてくれたりした。なによりお義母さんの料理は、栄養たっぷりで、とてつもなくありがたかった。

娘が夜泣きをした際には、いつもひとりでお乳(まだ出ないので乳首に添えるだけ…)をあげていたが、お義父さんが真夜中に私服に着替えて、いつでもOK!的な感じで無言でスタンバってくれた日があった。結局、夫ののっぴに「お父さんもうええから」と言われ、寝床に帰されていったが、何か手伝いたいと思ってくれたのだろう。そういう気持ちがうれしかった。

私の実母は仕事の都合で、娘誕生から二週間後に東京にきてくれて、義両親と入れ違いになった。母の顔をみた瞬間に全身の力がフッと抜けた。なんとなく「ママ」といって抱きついて甘えてみたりした。「よくこの小さい体で頑張ったね」と母はいってくれた。涙が出たし、ほっとした。私も娘にとってこう思ってもらえるような存在になりたいと感じた。実父は大晦日の夜に仕事を終えて、東京に来てくれた。妹のナタリーもきてくれた。父も母も太っているので、多少圧迫感を感じる我が家となったが、慣れ親しんだ家族と正月をこせて、とても嬉しいのであった。

そしてこの小さな娘、名前をてーたん(あだ名)としておく。てーたんを、みんなででろでろに溺愛した。赤ちゃんって何て可愛いのだろう。最初は戸惑いこそあったが、一月ほど面倒をみていると、少しずつこの子のいる環境に慣れたような気がする。今年がこの子や私たち家族にとって素晴らしい一年となりますよう、祈る。ちなみにのっぴは一月一日、ついさきほど、一人で里帰りをした。

(次号に続く)

第1回「私は生命を生み出してしまったのだと。ことの重大さに気づいた」
第2回「肉体的には限界だが、休むわけにはいくまい」
第3回「涙が出そう。すべての時間が赤ちゃんまみれ」

藤田あみい

イラストレーター・デザイナー・エッセイスト。
「無印良品の家」のウェブサイトで「ぜんぶ無印良品で暮らしています~三鷹の家大使の住まいレポート~」を執筆中。
2016年に同タイトルの本を出版。現在韓国語・台湾語に訳され、幅広い層の人へ向けて発信を行っている。
趣味はショッピング。夫と娘が生き甲斐。

「懺悔日記」読者へのメッセージ

妊娠・出産を得て、わたしは強迫性障害という病気になってしまいました。
強迫性障害を簡単に言うと「潔癖性」というようなものがわかりやすいと思います。
私の場合は潔癖ではなく、「『娘に障害があるのでは』という強迫観念が浮かんでくる。」というのが症状です。
愛する子供を育てていて、一瞬でも「この子に何かあったら」と不安を感じる人は少なくないと思います。
このブログはそんな気持ちのドツボにはまってしまった私の懺悔の日記です。
「ありのままを受け入れる」そこに至ることが難しい人に向けて、少しでも気が軽くなればいいなと思い書き連ねています。
藤田あみい

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