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藤田あみいの「懺悔日記」・51わたしは「懺悔日記」と銘打った記録を書き上げた【懺悔日記・51】

2017.07.28

妊娠出産を経て、深刻な産後うつに。
三年の月日をかけてようやく母親になった、わたしの懺悔の日記。

この連載は……

出産後、ある時期から深刻な産後うつ状態になったイラストレーター・藤田あみいさんが、娘のてーたんを育てながら3年間にわたる気持ちの揺れを克明に綴った日々の記録「懺悔日記」。その内容を、少しずつ公開していきます。


第51回 退院

51

2016年10月27日 

朝、娘が中耳炎になったという連絡が夫からきた。

私は、退院しなくては、と思った。主治医との面会も今日だったので、娘が中耳炎になったことを告げ、その日のうちに退院することになった。

家に帰ってみると、驚いたことにお義母さんがいた。夫がこっそり呼んでいたのだった。「あみいちゃんよくがんばったね。」といって抱きしめてくれた。お義母さんにはずっと心配かけまいと、自分の病状を言わないでいたのに、いつのまにかバレていた。

夫がひとりで育児をしていると聞いて、慌てて飛んできたんだそう。お義母さん、ありがとう。ありがとう。

娘との再会は保育園のお迎え時にすることにした。

ドキドキと高鳴る心臓。

扉の向こうで「みなさんさようなら」という娘の元気な声が聞こえてきた。

ガラガラとドアを開けて出てきた我が娘。私の顔を見た瞬間、声を詰まらせるような感じで「ママ!」といって両手を広げて走ってきた。

ぎゅーっと抱きしめたら涙が出た。髪からたくさん遊んだ子の少し汗くさい香りがする。ごめんねごめんね。ほんとうにごめんね。「ママ…ママ…」とわたしの胸の中で娘は呟いていた。

改めて私の顔をみて「ママ、もう痛くないの?治ったの?」と聞いてきたので「うんもう治ったよ、痛くないよ」と泣きながら答えた。「よかった…」と娘は言った。

病院に行っていることは知っていたものの、急にいなくなったこの母親のことを娘はどれほど不安に感じていただろうか。

こんなに情緒豊かで人を思いやれる我が子にどうして寂しい思いをさせられようか。

たった一週間の入院だったが、この間にわたしは「懺悔日記」と銘打った記録を書き上げた。いままでの経緯を惜しみなく書き連ねた。

わたしは、いろいろなものから目をそらし続けて生きてきた。そして現実、子供が生まれたことによって、たくさんのことを思い知らされた。それで思ったのは、障害があるにせよ、ないにせよ、「うちの子、大丈夫なのかな」と悩んでいる期間が実は母親にとって一番辛い時間なのではないかということだ。

障害がありました、となったら、それはそれで行くべき道が見えてくると思うのだ。やるべきことがはっきりしてくるからだ。

もちろん様々な葛藤があることとは存じる。だが、前にも進めない、何かできることもない、検査の日まであと半年もある、そんな時期に母親はどういった気持ちで過ごしていけば良いのか。

様々な発達障害に関する記事やブログを読んでいたが、この不安な時期をカバーしてくれるものが圧倒的に少なかった。

おそらくここが一番辛いところなのに、「こんな様子があったら要注意。発達障害をみつける3つのポイント」という記事や、「あなたのお子さんは大丈夫?発達障害の子の乳児期の様子」というような記事の多いこと。母親の気持ちを救ってくれるような体を装い、PV稼ぎとしか思えない挑発的な記事があまりにも乱立していた。

情報が手に入れやすくなった現代。どれが正しくてどれが正しくないなんて、医療知識のない母親たちの誰が正確に取捨できるというのか。これでは混乱する一方だ。

わたしは病気になりながらも同じ気持ちの人がいないかと必死に探していた。一緒に苦しみを分かち合えたら、どんなに気持ちが楽になるだろうと考えていた。でも、いなかった。

こんな症状があり、心配です、と発信した先には、素人とも玄人ともとれない人たちの辛辣かつ容赦のないコメントの嵐だ。そうじゃない、と思う。

わたしは保健師の永坂さんに日々助けてもらっている。カウンセラーの宮地さんにも助けてもらっているし、入院していた病院の女医さんにも助けてもらっている。

病気になりながらも、いつかは同じ気持ちの人に手を差し伸べてあげられたら、と思っていた。

いまから医療従事者を目指すには少し年をとりすぎているし、わたしができることといえば、文章を書くこと、だろうか。そんな気持ちで「懺悔日記」を書いた。

孤独な病室の中での執筆だったが、いつかこの記事が今まさに不安なお母さん達の目に触れるように、そして少しでも救ってあげられるように、祈るばかりだ。

娘との再会の後、さっそく家に帰って、他のことはさっさと終わらせて、娘と一緒に寝た。

(次号に続く)

これまでの連載
第1回「私は生命を生み出してしまったのだと。ことの重大さに気づいた」
第40回「もう終わらせたかった。なにもかもを終わらせて、消えたかった」
第41回「ちょっとだけ話をしたい」と言いながら、子どもみたいに泣いた」
第42回「元気に見える人たちも、なんらか心に葛藤を抱えている」
第43回「愛情という文字を見た瞬間に、わたしは大きな声を上げて泣いていた」
第44回「「自分を責める必要はない」というのはわかったが、やっぱり辛いのだ」
第45回「娘を見ているのがつらいなんて変だ。私は家を出ることにした」
第46回「布団に入っても、夫の言葉が頭の中を巡った」
第47回「自分に発達障害の可能性があるとは、夢にも思わなかった」
第48回「私が発達障害を抱えているとしても、何も変わらないのではないか」
第49回「私は、可愛い娘から逃げてここにいるのだ」
第50回「ママ、大好き」と言って眠りに落ちた娘の側で、私ももう一度眠りたい
第51回「わたしは「懺悔日記」と銘打った記録を書き上げた」
第52回「娘の屈託のない笑顔。ここにわたしはなにを求めていたのだろう」
第53回「産後はみんなホルモンの影響で不安に。それに耐えられる人とそうでない人がいる」
【最終回】第54回「なぜ病気になったのかはわからないが、私を治したのはまぎれもなく、娘だ」

「懺悔日記」連載一覧

藤田あみい

イラストレーター・デザイナー・エッセイスト。
「無印良品の家」のウェブサイトで「ぜんぶ無印良品で暮らしています~三鷹の家大使の住まいレポート~」を執筆中。
2016年に同タイトルの本を出版。現在韓国語・台湾語に訳され、幅広い層の人へ向けて発信を行っている。
趣味はショッピング。夫と娘が生き甲斐。

「懺悔日記」読者へのメッセージ

妊娠・出産を得て、わたしは強迫性障害という病気になってしまいました。
強迫性障害を簡単に言うと「潔癖性」というようなものがわかりやすいと思います。
私の場合は潔癖ではなく、「『娘に障害があるのでは』という強迫観念が浮かんでくる。」というのが症状です。
愛する子どもを育てていて、一瞬でも「この子に何かあったら」と不安を感じる人は少なくないと思います。
このブログはそんな気持ちのドツボにはまってしまった私の懺悔の日記です。
「ありのままを受け入れる」そこに至ることが難しい人に向けて、少しでも気が軽くなればいいなと思い書き連ねています。
藤田あみい