【ロシアの妊娠・出産②】モスクワの公立病院で、涙の母乳スパルタ体験。退院後すぐに赤ちゃんと行うこととは?
ソ連崩壊で激減した出生数が回復しつつあるロシア。しかし、中絶数は依然多め。
ロシア独自の育児方針も興味深いところです。
今回は、ロシア人がどんなふうに出産を迎え、産後を過ごすのかを、モスクワの公立病院で出産した、ある日本人の経験をとおしてお伝えします。
ソ連時代は中絶大国
昔のロシアでは、中絶は違法な時期もありました。しかしソ連時代は、ピルが手に入らない、粗悪な避妊具(ゼリー無しのコンドーム等)、貧困などにより中絶はよく行われていました。
1960年代にはソ連だけで、毎年約560万件の中絶が行われていたとのこと。
現在、中絶は健康保険でカバーされています。1999年には年間200万件の中絶が行われていましたが、2018年には約56万7000件(ロシア保健省発表)にまで減りました。
それでも、中絶件数は年間出産数の3分の1に匹敵するため、ロシア政府は問題視しています(以上、すべて注1)。(日本の年間中絶件数は16万件程度)
ロシアでも、日本でいう「赤ちゃんポスト」のような、親が匿名で新生児を預けられる仕組みが様々な地域に存在しています。これまで約200人の命が救われてきました(注2)。ただし、広大な国土や、運用する施設の裁量次第というところがあり、難しい問題です。
モスクワの公立病院で出産してみた!
モスクワで乳幼児2人を育てる田中ひとみさん(仮名)は、2020年にロシアの公立病院で第二子を出産しました。ほとんどの日本人が私立病院で出産する中、会社からの補助の都合で公立病院を選びましたが、とても興味深い体験だったと語ります。
ちなみに、ロシア人の場合、公立病院での出産費用は無料。私立病院は30万円~100万円超と幅があります。ロシアでは、妊婦健診はすべて地域の婦人科で行い、36週から自分が産む産院に通います。その際、「妊婦カード」に経過を書き込み、引継ぎを行います。
田中さんの話です。
「ロシアの産院には、『契約』という制度があって、余分に支払えば、個室、先生の指名、立ち会い出産などを選べる。外国人は『契約』を選ぶしかないので、私は20万円払いました。帝王切開や無痛分娩、入院日数の延長は『契約』ではなく、基本の無料枠に含まれます」
ロシアでは立ち会い出産はメジャーではなく、今はコロナの影響で黙っていても個室になるケースが多く、わざわざ『契約』を選択しない人も多いそう。
ユニセフ(国連児童基金)によると、ロシアの帝王切開率は、世界平均の20%より低めの13%(注3)。
保健省小児医療・産科部長によると、国内で年間160万件の分娩が登録されているうちの23%が帝王切開とされています。
WHO(世界保健機関)は世界的な帝王切開の増加に警鐘を鳴らしていますが、保健省小児医療・産科部長は「数字に右往左往される必要はなく、母子にとって最良の手段を選ぶべき」と訴えました(注4)。
ロシアの無痛分娩については、公のデータがほとんどありません。
モスクワ市内のある産院の説明会では、「この産院では経膣分娩のうち、無痛分娩は85〜87%」と述べられています。モスクワ市外や地方ではもっと少ないかもしれませんし、この産院特有の傾向かもしれませんが、無痛分娩は選択肢のひとつとして普及しているようです(注5)。
ドキドキしながら公立病院での出産に挑んだ田中さん、無痛出産を選びました。
「医療技術的には問題ないけど、出産時に借りたパジャマがびりびりに破けているし、シーツも古くて、汚れても替えてくれなかった。そのあたりはやはり公立だと感じたわ~」
ロシアは母乳推奨(?)。母乳スパルタ教育に追い詰められた。
2人目出産といっても、すぐに母乳は出ません。どうやら、ロシアは母乳推奨の国らしく、田中さんの産院は超・母乳スパルタ教育でした。
「日本で1人目を産んだ時、母乳が出ない間は早い段階で病院が粉ミルクを足してくれた。今回は栄養的に問題ないからと、母乳がほとんど出てないのに、小児科医は粉ミルクを禁止! 夜に産んで新生児室に預けてたら、翌朝10時に『どうして頻繁に授乳しにこないの!?』と怒られた。でも、16時間も何もあげずに新生児を放置する?
日本なら、新生児室で預かるといったらちゃんと世話をしてくれるのに。何の説明も受けてないし、どうしたらいいかわかりませんでした。必要なら、夜中に呼びに来てくれたらいいのにと、心配で発狂しそうになりました。
生後2日目には、息子のおしっこが出なくて、体重がどんどん減って……。母乳はにじむくらいしか出ない、それでも粉ミルクは禁止と言われ続けて。パニックになってこれは私がなんとかしようと考え、夫に粉ミルクを持ち込んでもらって、個室で隠れて飲ませました。これを1人目で体験したら、こういうものかと従っていたかもしれないけど、日本で産んだ上の子への対応とあまりに違うから、心配で、心配で……」
田中さんは、博士課程まで修了した才女です。科学的思考で因果関係もしっかりとらえて、物事をとらえているイメージなのですが、その彼女が「気が狂いそうになった」というのですから、よほど不安だったのでしょう。
産後のホルモンバランスのこともあり、私も母乳が軌道に乗るまでは超神経質だったのでわかります。他の産院では異なる対応なのかもしれませんが、ロシアで出産した他のママも同様の体験をしています(注6)。
退院翌日から「赤ちゃんを散歩させなさい」
ロシア人は退院時に、フルメイクと晴れ着で写真を撮ります。そんなことを知らない田中さんはすっぴんのまま撮影。これは病院からのサービスです。
日本では産後は家でゆっくりして、新生児は1か月程度は外に出さないけど、ロシアでは?
「それが……。退院翌日から野外に散歩に行けと言われました。最初は20分間でいいけど、いずれは2時間必ず散歩するようにって。産んだのが1月だったから、外はマイナス10℃以下。それでも、防寒してでも散歩に行けって言うんだよね~」
なんと! アジア圏の産後の過ごし方とは真逆です。
「ロシア人は、子どもの外遊びを重視していて、一日一回は必ず長い散歩に連れ出す。ベビーシッターが来れば、午前2時間、午後2時間も外遊びさせてくれる。外の空気を吸うことが大切なんですって。幼稚園で外遊びの無い日なんかがあれば、親は猛烈にクレームするはず」
ロシアは外遊び重視の文化なんですね。日本も外遊び信仰が強いほうだと感じていますが、ロシア人には負けるかも?
洗礼を受けるまでは、赤ちゃんの顔は他人に見せない
では、産後の節目のお祝いは?
「誕生して1か月後に洗礼を受ける時かな。私が驚いたのは、ロシアでは『邪視』という考え方があって、生後40日間または洗礼を受けるまで、赤ちゃんの顔を他人に見せてはいけないということ。写真ももちろんだめ。今でも皆しっかりその風習を守っています」
世界各地で広く信じられている、悪いものの視線を受けて呪いをかけられる、という説です。子どもを守りたいという親の気持ちは、どんな国でも同じですね。
(注1)Russia Beyond日本(2021)
https://jp.rbth.com/history/85184-roshia-ninshin-chuuzetsu-rekishi
(注2)スプートニク日本(2020)
https://jp.sputniknews.com/reportage/202007157610808/
(注3)ユニセフ「世界子供白書」(2019)
https://www.unicef.or.jp/sowc/pdf/UNICEF_SOWC_2019_table3.pdf
(注4)ロシア国内ニュースサイト「Lenta」(2018)
https://m.lenta.ru/news/2018/12/14/kess/?from=amp
(注5)モスクワ市内の産院の説明動画(2021)
https://www.instagram.com/tv/CNcaIeCCNJv/?utm_medium=copy_li
(注6)【ロシア育児奮闘記】恐るべき母乳スパルタ病院 | Russian Life (ruslife.net)
https://ruslife.net/breast_fed_in_russia/
(写真はすべて、田中さん提供)
(この記事は、2021年7月20日時点のデータに基づいて執筆しました)