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ジェンダーの「イメージ」や「役割」、息子に気づかされたこと。

連載:絵本とボクと、ときどきパパ ジェンダーの「イメージ」や「役割」、息子に気づかされたこと。

3月8日は「国際女性デー」でしたね。

女性はこうであるべきだという決められた「イメージ」や「役割」から自由になることを目指して、意識づける日。その日を迎えて、私はふと昔のこんなことを思い出しました。長年のフランス生活から離れ、日本に戻ってきたばかりの頃です。

友人から日本流の「合コン」というものに誘ってもらいました。フランスではお付き合いを目的とした場合でも、いつもと変わりなくディナーをし、ごく「自然に」(という言葉が相応しいか悩みますが)紹介し合うのが通常です。ゴージャスな装いで現れても、仕事帰りのデニム姿にさっと口紅を塗っての参加でも、何れにしても形式的なルールはありません。なのであまり気負わず、後者スタイルでその「合コン」に出向いたのです。久しぶりの日本生活で友人もまだ少なかったため、男女関係なく、親しくなれたら良いな、ぐらいの気持ちで。

ところがいざレストランに着いてみるとなんだか様子が違う。女子の友人たちはスイートピーのようなヒラヒラしたワンピース姿です。笑うとシャドウやチークが輝いて華やかです。男性たちは立派なスーツを着て、背筋を伸ばしながら名刺を配っています。私は履いているデニムのダメージ加工に目を落とし、手で覆い隠そうとしましたが、すぐに開き直りました。ま、いっか。

そして、飲み物と前菜がテーブルに置かれると、率先して数人の女性たちが男性たちにワインを注ぎました。前菜も順次取り皿に盛っていき、次に他の女性参加者たちの分も配りました。男性たちは上機嫌で、ますます頬を緩めていました。

しばらくして、目の前の男性のグラスが空になった時です。「注いでくれないの?」と聞かれました。冗談めかしていても本音は違う。ああ、こういう場では女性がすぐに気づいて注ぐべきなんだとな。そうと察知しながらも、私の口は、とっさに「なんで?」と発していました。そして断ったのです。ナイフとフォークを握った手は動かさず、「フランスでは男性が注いでくれるのよ」と。このごろの表現で言うならば、紛れもなく「わきまえない女」でしょう。男性が注ぐのが当たり前だという私の意見も正すべきですが、その時は「女性の役割」を拒みたいが故の、精一杯の手段でした。

それから月日が経って、「合コン」ではないところで主人と巡り合い、家庭を持ちました。

息子には、女性に注いでもらう大人になってもらいたくない。かといって、むやみに注ぐ人にもなってほしくない。自然に、心がこもった時に、注ぎたい時に、性別関係なくサービスができると良い。あるいは、必要な時は自分の分だけでも良い。ジェンダーによって役割を決めつけて欲しくもないし、先入観にもとらわれて欲しくない。そんな風に願っています。

ただ、それも杞憂に過ぎないかもしれません。案外今の子たちは、私たちの頃よりずっと自由な感覚を持ち合わせているようです。

と言うのも、こんなことがありました。

先日、息子に好物の「スニッカーズ」をおやつに出しました。すると喜んで、速攻口に入れたのですが、二個入りパックだったため、一つは残しました。「二つ食べたらカロリー取り過ぎるから」と言うのです。息子は、食が細いわけではありませんが、大食漢でもない。食べ過ぎを好まず、腹八分目をキープするタイプです。そんな健康志向の息子に私はこう伝えました。

「大丈夫よ、たくさん食べたって。子供なんだから。これぐらいのカロリー、すぐに消耗できるわよ」。

男女問わず食いっぷりの良い人が好きな私は、もっと食べるよういつも勧めてしまうのです。それでもいつまでも息子は迷っている。そこで急き立てるように、ついこう言ってしまいました。

「ほら! 男らしく、たくさん食べなさい」。するとどうでしょう。

間髪入れずに息子が「あ、それジェンダー差別だ」と。その指摘は、私が「あ、ごめん、そういうことではないね」と失言を認めるより早かったのです。

息子の世代はジェンダー意識が確実に前進している。と同時に、いかに無意識のうちに「イメージ」や「役割」が私の頭に刷り込まれて、古い価値観に翻弄されているかに気づかされました。あの時、ナイフとフォークを置き、ワインボトルに手を伸ばさなかった私は何処へやら。

私は、もう一度自分の中にある価値観を洗いざらして、もっと解放されてゆく必要がありそうです。私たち、そして息子や他の子供たちが、誰もが暮らしやすい多様な社会を作り、その中でぐんぐん芽を伸ばして行けるように。

ということで、ジェンダーに纏わる絵本の中から、従来の役割を覆した強い女性のお話をご紹介します。

『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』(童話館出版)

世界中で愛されてるバージニア・リー・バートン作の名作のひとつ。

頑張るショベル・カーのお話です。一言でショベル・カーといっても歴史があるんですね。今は油圧式が主流のようですが、最初はスチーム・ショベルと言って、石炭で動くものだったようです。それからガソリン式、電動式、などが発明されてゆきますが、お話の中では旧式も負けません。操縦士のマイクと共に全エネルギーを注いで作業する姿は逞しく、ダイナミックで心を揺さぶります。石井桃子さんの訳も読みやすく、とても美しい。ところで、強い女性は?それは、もちろんこのスチーム・ショベルです。名前は、「メアリー・アン」!(6歳ぐらいからとありますが、もっと小さい子にも見て欲しい。)

『マララのまほうのえんぴつ』(マララ・ユスフザイ:作、キャラスクエット:絵/ポプラ社)

2017年に最年少でノーベル平和賞を受賞した人道活動家による自伝絵本。パキスタンでは、貧しい子どもたちが学校に通えない。女生徒たちがどんどん授業に参加しなくなる。どうしてなの? みんなが幸せで自由な世界が描けるような魔法の鉛筆が欲しい。そう願うマララが本当に魔法を手にするまでの物語。言葉は世界を塗り替えられると信じた女性の、希望に溢れたメッセージが込められています。一人でも多くの人に読んでもらいたいという作者の思いは、この作品を手に取った人の心に受け継がれてゆくでしょう。(小学1年から)。

『大統領を動かした女性 ルース・ギンズバーグ 男女差別とたたかう最高裁判事』(ジョン・ウィンター:著、ステイシー・イナースト:絵/汐文社)

昨年亡くなり、その後任問題が取り沙汰されたのは記憶に新しいルース・ギンズバーグ。精力的に最高裁判事を務めた、アメリカ最初の女性です。どれほどの屈辱的な男女不平等を受けても、信念を曲げず、正しいと思う自分の道を歩んだ姿が、この作品にはこと細やかに描かれています。男子生徒に勉強している姿を見られるまいと、トイレに篭ったり。男性だらけの判事の中で、誰よりも冷静で完璧な「反対意見」を述べ、多数意見をこてんぱんにやっつけて見せたり。こうした彼女の行動には驚きつつも、世の中の違和感に立ち向かう勇気を得られるものばかりです。自分の能力を信じ、努力を惜しまなかったからこそ勝ち得た正義と平等は、本人がいなくなってもずっと守られていくべきでしょう。絵もスタイリッシュで素敵です。(小学生から) (Anne)

Anne

Anneモデル・絵本ソムリエ

1971年東京生まれ。14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒。 国内外のショーやファッション誌を多数経験。映画、エッセイ、旅、ワインなどのコラム等の執筆も手がける。 出産を期に子供の発育と絵本の読み聞かせに関心を持ち、地域での読み聞かせボランティアとしても活動中。 6歳までに息子に読んで聞かせた本は793冊1202話。 現在所持する絵本も約1000冊という無類の絵本好き。

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