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ブラインドマラソンと音で見る絵本

連載:絵本とボクと、ときどきパパ ブラインドマラソンと音で見る絵本

子育てを始めてまもなく、私は世界はこんなにも広いものかと知り、目から鱗が落ちるような日々を過ごしました。

それは、遠出をしたり、あるいはそれなりの出費をしたりして知り得た新世界ではありません。足元であったり、手を伸ばした先であったりと、今までは目も向けなかった身近なところに見つけた広がりです。そこに何かが息づいていたり、蠢いていたりするのだという気づきは、想像もし得なかった感動を呼び覚ましてくれました。

道端の小さなスミレにも種類があること、三角の顔をしたカマキリはキッと睨んでいるように見えるということ、頬を撫でる風がふと冷える瞬間があるということ……。

バタバタと仕事のバックを抱えて駅へと急いでいた時には見過ごしていたか、意味のないものと無視していたかのどちらかだったでしょう。息子が生まれ、抱っこしてゆっくり歩き、語りかけながら散歩に出かけることがなければ、きっと私の視界は狭いままだったと思います。

またある日は、こんなこともありました。代々木公園でのことです。

公園という場所に、子供が生まれた途端に足繁く通い、入り浸るようになったのは、私だけではないでしょう。近所はもとより、パパがお休みの日には少し遠くの代々木公園に出かけるのもお決まりコースとなりました。

そこでいつものように息子を抱えてゆっくりと歩いていた時、サッと脇を通り過ぎるものがありました。何かと思って振り返ってみると、ランナー2人。力強く、確かな足取りで、しかもものすごいスピードで走っています。どうやらマラソンの練習のようでした。1人のゼッケンが目に留まりました。文字が書いてあります。

『伴走』

ばんそう?  ピアノの伴奏なら知っているけど、伴走ってなんだろう? その横には双子のように寄り添って走るランナー。2人は1本のロープを握って走っています。同じ色のゼッケンには、違う文字が記されていました。

『視障』

視覚障がいのことだ! 走るには、サポーターが要る。それが伴走なんだと、そういう役割があるのだと、その時初めて知ったのです。

私が見ている世界のスケールがグッと広がった瞬間でした。そして私も負けずに、子どもの成長の伴走をしている。

頑張る2人にだけでなく、自分にもエールを送って、晴れやかな気持ちになったひと時でした。

「ブラインドマラソン」という言葉を知ったのはもっとずっと後のことです。

代々木公園での2人組ランナーを記憶しているかどうかは当然あやしいですが、息子の世界は、最初から開けているように思います。きっと時代の影響もあるでしょう。

保育園に義足のランナーのポスターが貼ってあっても、当たり前の姿のひとつとして捉えているようでしたし、この夏のパラリンピック観戦でも、視点のフォーカスは私よりずっと遠くに合わせているようでした。少なくとも、パラスポーツに対しての驚きは私ほど大きくないようなのです。

選手の功績も然りですが、パラ特有の技術的な側面や競技ルールの工夫が解説されると、いちいち感心して騒がしいのは私で、息子の方は淡々としています。

陸上競技で、義足の進化に「すごい!」と私が言えば、「え! 知らなかったの?」と。

競泳視覚障がいの部では、長いタッチ棒を見て「操るの難しそう。 知らせる方も責任重大だね!」と相槌を求めても「そりゃそうでしょ!」上から目線。

パラ競泳の選手たちの活躍ぶりに、手足の長さに差があると、水中でバランスを取るのは容易ではないと知って、そう伝えても、冷静です。

「浮力ってそういうものだよ。選手たちはすごいけどさ」と。

なんだか肩透かしを食らったような気分でまごついていると、「そもそもね」と話し始めました。

「パラリンピックが開催されている時だけ、いろんな番組にパラアスリートが登場したり、『パラ』当事者のコメンテーターを起用したりするのはおかしい。もっと普段から普通に、自然に、いろいろなところで活躍を見たいのに」

息子たちの世代が見ている世界は、もうすでに相当なバリアフリーなのかもしれません。幸いなことに。

今回は、視覚が不自由だと、どんな風に世界が「見える」のだろうということから、「音」に関心を寄せた絵本を選んでみました。絵本は目で見るものだけではない。そんな体験も貴重です。

『おいしいおと』(三宮麻由子:ぶん、ふくしまあきえ:え/福音館書店)

「いただきまーす」と言って春巻きを食べたら、サクッサクッと音がすると思うでしょう? 実は違うんです。本当の美味しい音は、もっと複雑です。目を閉じて、よーく聞いてみて。ふわふわのご飯、ぷっくりしたウィンナー、パリッとしたレタス。瞼の裏に浮かぶ食べ物はもっともっと美味しくなるはず。食欲をそそられる作品です。全盲の作者による一音一音は、小さい子に未知の、広い世界への扉を開いてくれるでしょう(3才~5才むき)。

『なく虫ずかん』(松岡達英:え、篠原榮太:もじ、佐藤聰明:おと、大野正男:ぶん/福音館書店)

夜、我が家で、ふとテレビを消して、耳をすませてみると、こんな音が聞こえてきました。リーリリィー、チンチロリン、ジリリリッ。ご近所が飼っている鈴虫は聞き分けられましたが、あとはどんな虫なのだろう。そんな疑問に答えてくれる本作品。子どもと、静かに音を比べてみながら、松虫かな? コオロギかな?  などと当てっこしても楽しそうです。虫は口ではなく、足や羽を使って鳴くんですね。そんな発見もあり、且つ、松岡達英さんの超リアルな絵も見どころです。虫の声が賑やかなこの季節に、ぜひ!

高学年、特に中高生には、『朔と新』(いとうみく:作/講談社)

高校に入学した新が家に戻ると、暫くぶりに兄がいました。盲学校から帰ってきたのです。突然の事故で光を奪われた兄。その原因は自分にあるのではと葛藤し、有望だったランナーとしての未来を諦めてしまっていた新。新しい未来を切り開こうとする兄は、そんな弟に切実な願いを伝えます。「伴走者になってもらいたいんだ、オレの」。

2021年の難関中学の入試で、あそこも、ここも、と出題されたのが本作品。そうと知って早速読んでみましたが、「6年生諸君、よくぞ泣かずに読み解いたな、すごい」というのが率直の感想です。登場人物それぞれが、意図せず人を傷つけているという苦しさを抱え、また、そのことで自分も傷ついてるという悲しさが、初っ端から伝わってきます。思春期の子どもやその親の複雑な気持ちが織り込まれた実に奥深い作品なので、中高生の保護者の方々にもおすすめ。あの代々木公園も舞台になっています。

(Anne)

Anne

Anneモデル・絵本ソムリエ

1971年東京生まれ。14歳で渡仏、パリ第8大学映画科卒。 国内外のショーやファッション誌を多数経験。映画、エッセイ、旅、ワインなどのコラム等の執筆も手がける。 出産を期に子供の発育と絵本の読み聞かせに関心を持ち、地域での読み聞かせボランティアとしても活動中。 6歳までに息子に読んで聞かせた本は793冊1202話。 現在所持する絵本も約1000冊という無類の絵本好き。

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