子育てママのお悩み解決メディア
第32回 娘との公園デビューが、中国語を真面目に勉強するきっかけに

連載:駐在員の妻は見た!中国の教育事情 第32回 娘との公園デビューが、中国語を真面目に勉強するきっかけに

2018年より中国・広州に滞在中の5歳児ママです。独身時代は上海で暮らしたことがありますが、現地で子育てしてみると驚きと発見の連続。(現在、コロナによる退避のため、一時帰国中)


英語メインの幼稚園に転入した娘。授業は英語、日本人の友達もいるけど、同級生は7割が中国人。中国語もできたら、友達がたくさんできます。これは私にとっても同じこと。しかし、そう簡単には話せるようになりません。

英語で授業を行う幼稚園に通っても、中国語は避けられない

英語メインの幼稚園に転入することになり「よし、英語ならなんとかなるかも」と一安心。担任は、主担任・副担任・シッター共に中国人です。主担任と副担任は英語を話します。

他のクラスは、外国人や英語ネイティブの先生が担任のクラスもあります。「高い学費を払っているのだから、ネイティブのクラスがいい」「担任が中国人だと、授業以外では中国人生徒とは中国語で話すから英語が伸びない」と不満を述べる保護者もいました。

しかし、担任の先生との面談を重ね、聡明で熱心な姿に触れ、私は彼女を信頼できると確信しました。

先生達は英語を話しますが、バスの送迎担当、守衛さん、校医などのスタッフはすべて中国語しか話しません。一応、日本語を話すスタッフがいて、どうしてもの時は訳してくれますが、毎回何でも頼むわけにはいきません。クラスメイトの保護者達も、ほとんどが中国語のみ話します。

放課後、娘を公園で遊ばせるにしても、中国語ができないといざという時困ります。よそのお子さんとのトラブル、帰りにタクシーを呼ぶとき、トイレを探す時……。実際のところ、日本人のお母さん達が公園に行くことはほとんどありませんでした。マンションの敷地内や自宅で遊ばせる方がはるかに安全で楽だからです。

でも、私が所属する幼稚園バス停周辺には、マンション内敷地がほとんどありません。娘は砂遊びや走り回ることが大好き。日本人特有なのかもしれませんが、私は「公園で外遊びすべし」という思い込みが強く、公園を求めていました。閉じこもっていては、つまらないです。

家から幼稚園まではタクシーで10~15分程度なので、空気汚染指数が良好な時は、週1~2回は下校時に迎えに行き、幼稚園近くの公園で2~3時間遊ばせました。砂場で裸足になり、水をぶちまける娘。私は、変な虫に刺されまくり皮膚科に通うはめに。そして、見知らぬ中国人パパママや祖父母達に話しかけられること度々。

私が、「今回こそは中国語を話せるようになろう」と決意したのは、娘と公園に行くためでした。

よく行く公園での写真。幼稚園のそば。

これまで中国語を学ぶ機会があったのに、ものにできなかった

実は、私はこれまでの人生で2度、中国語を勉強する機会がありました。

一度目は、大学での第二外国語として。二外として何を選択するかは、入学前に決めないといけません。憧れの東京に住める、一人暮らしできる、と浮かれながら、なぜ中国語を選んだのか? 距離的に近いし、成長著しいので一度は行って中国をみておこう、そのために、という軽いノリで選んだ記憶があります。

たいした覚悟もなく選んだ言語ですので、発音の難しさに早々にくじけた不真面目な学生になりました。

極めつけは、前期試験がやけに簡単だなぁと思っていたら、裏面にも試験問題があると知らず、解答せずに提出するという失態。「これでは単位をもらえない」と担当の中国人講師に必死に電話をし、レポートを書いてなんとか通してもらいました。今でも、私にとって、最も頭が上がらない中国人はこの先生でして、よく思い出します。

二度目は、4年間務めた経営コンサルティング会社を辞めて、上海のビジネススクールに留学した時。この時の話は、『上海のMBAで出会った中国の若きエリートたちの素顔』にまとめました。

英語で授業を行う大学院に通いつつ、私以外は全員が中国人という寮に住みました。中国語は、少しだけ学校に通い、後は自分で勉強しました。同級生は英語を話しますが、気を抜くとすぐに中国語の会話になるため、私も鍛えられました。

しかし、英語も勉強し、経営学も勉強するとなると、頭の容量はもういっぱいです。日常会話以上の中国語を覚える隙間はありません。結局、英語も中国語も中途半端に終わりました。

娘の場合も、授業は英語、日常生活やクラスメイトとは中国語、学校外では日本語という中途半端な3カ国語生活を送ったため、思ったより英語は身につきませんでした。

ビジネススクール卒業後、中国で働く選択肢もありましたが、事情により日本に帰国しました。北京や香港でインターンを経験しましたが、働く場所として、そして将来的に家族と共に暮らす場所として、中国は私には合わないと結論を出しました。

それ以降、もう中国に関わることはないだろう、と10年以上が過ぎました。(この話、次回につづきます)

(この記事は、2021年1月1日現在の情報を元にしています)

岡本 聡子

岡本 聡子ライター・経営学修士・防災士

戦略系経営コンサルティング会社を経て、上海にMBA(経営学修士)留学。その経験をもとに『中国のビジネスリーダーの価値観を探る』(『上海のMBAで出会った中国の若きエリートたちの素顔』を加筆・改題)を株式会社アルクより出版。5歳女児の母。分析・事業開発支援、NPO運営なども行う。facebook.com/okamotosatokochina

岡本 聡子さんの記事一覧 →