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第37回 駐妻とは ①大忙しと涙の駐在準備

連載:駐在員の妻は見た!中国の教育事情 第37回 駐妻とは ①大忙しと涙の駐在準備

2018年より中国・広州に滞在中の5歳児ママです。独身時代は上海で暮らしたことがありますが、現地で子育てしてみると驚きと発見の連続。(現在、コロナによる退避のため、一時帰国中)


「駐妻」。皆様はどんな生活を思い浮かべますか? お手伝いさんと運転手にかしづかれ、ホテルで優雅にアフタヌーンティー? 実際のところは?

駐在が決まってから渡航までは、想像を絶するドタバタの日々でした。大変すぎて、骨にひびが入りました……。このドタバタが終われば、現地では優雅な日々が待っているのでしょうか。

配偶者研修でポツンとひとり

「もしかしてハズレ?」

夫の会社で、駐在配偶者向け研修に参加した時の、正直な感想です。

パリ、ロンドン、ニューヨーク、バンコク、モスクワ、香港行きの奥様達に続き、私はひとりでポツンと「中国・広州」の席へ向かいました。

各都市2~3人いる奥様たちは仲良く話をしています。「二度目のニューヨークなので、同じところに住みます」「あのお店、まだあるかしら。情報交換しましょう」という話をそばで聞きながら「広州が、一番マイナーかも」と暗い気持ちになりました。

上海のビジネススクール留学や香港でのインターン経験を経て、「働くにはいいけど、大気汚染がひどいから、子連れで中国は嫌だ」と感じました。知っているからこそ、中国駐在にはネガティブな私でした。

駐在3~6カ月前に内示が出て、VISA申請、引っ越し手続き、予防接種、子どもの教育、と怒涛の日々が始まります。受けるべき予防接種が多い国がほとんどなので、まずは予防接種の嵐。当時3歳の娘は注射ウェルカムな子だったので苦労しませんでしたが、大変なご家庭もあるでしょう。

子どもの学校選びも、確信をもてないまま学籍確保のために早めに行いました。(第21回 中国で、子どもの学校をどうやって選んだかをご参照のこと)

近くの広場。こんな大都会に住むことになるとは……。

国際引っ越しは制限が多い

しばらくして、日通さんが引っ越しの下見にきてくれました。

「倉庫に入れるもの、中国に船便で送るもの、航空便で送るもの、実家に置いとくもの、手持ちで持っていくもの、捨てるもの、に分けてください。特に、航空便や船便は規制が厳しいので、間違えると没収されます。このガイドブックをよく読んでください、一緒に私達が荷造りします」

と言われて、まず混乱。中国あて荷物は特に厳しい規制があるのです。

例えば、

・肉・魚介エキスがだめなので、醤油せんべいは不可。
・千葉県の醤油は、放射能の件で中国へ持ち込み不可。東日本産への産地規制。(2018年当時)。
・洗濯機と冷蔵庫は倉庫に入れられないので、破棄(うちの会社の場合)。
・電池入りのおもちゃはすべて電池を取り外すこと。航空便での安全規制による。

もう、わけがわかりません。ひっかかると、その箱ごと輸入手続きで没収されるかもしれないと言われました。夫の大好物の金吾堂の醤油せんべいは、魚介エキス使用なのでもちろんアウト。大量のおせんべいを手荷物に入れることになりました。

一応、日通さんが来る前に自分で梱包しましたが、保険と輸出入手続きのため、品目と数量をすべて確認するためにやり直し。持ち込み規制に抵触しないかのチェックも日通さんが専門部署に電話しながらすべて確認。

結局、下着の枚数まで数え、業者の方が荷造りしました。これはプロじゃなきゃ無理です。船便は2~3か月後に届くそうです。

結局、愛用していた冷蔵庫とドラム式洗濯機は、泣く泣くメルカリで売りました。

日本最後の日々

私達の場合、夫が半年ほど先に駐在を開始し、娘と私は中国の新学年開始にあわせて渡航しました。

私一人で荷造り、手続きを行い、へとへと。最後の1カ月は毎日が送別会。疲れ切って、自転車をガードレールにぶつけ、自分の肋骨にひびが入るという惨事が……。力仕事するのにこれはピンチでした(笑)。

もし、持ち家があれば、家具を置いていけるうえに、一時帰国中もそこに帰ってくればいいので楽かもしれません。でも、駐在中はたいてい貸家に出すそうです。そのため、今回のコロナ一時退避でも、持ち家があるのに自宅に帰れないという人が多数いました。急に立ち退きを迫るわけにもいきませんし、難しいところです。

駐在終了後はまた日本で家を借りることになりますが、駐在で増えた荷物を入れるために、以前より大きな物件に住む傾向があります。最初は何もない家で我慢し、数か月後の船便到着を待ちます。国際引っ越しは時間差が生じるため、想定外のことが起こりやすく大変です。

涙の広州行きフライト

転園が迫っても娘は、終始ニコニコ。年末には一時帰国して、また皆に会う予定だと約束しました。父親と暮らせるのが嬉しいようです。

悲しそうな祖父母に送られて、早朝の羽田空港を出発。中国ですぐに必要な荷物を手荷物として持っていきました。お米なども含め、私1人だけで150キロ分くらいは運びました。その積載容量を確保するために、駐在地赴任の最初だけはビジネスクラスを利用できます。利用者は私達二人だけ。窓際にポツンと座りました。

娘は、私の実家である大阪に帰省する時も飛行機利用のため、フライトには慣れたもの。しかし、離陸後1時間を過ぎてもまだ着かないと気づき、

「ママ、なんかおかしい。大阪より遠いの? こわいよ。いつ着くの? もう帰れないの? お友達にもおばあちゃんやおじいちゃんにも会えないの?」

と、珍しく泣き出しました。私もつい涙が……。子連れ中国赴任は、不安でいっぱいでした。

住まいのホテルからの春節あいさつ

(次回に続きます)

岡本 聡子

岡本 聡子ライター・経営学修士・防災士

戦略系経営コンサルティング会社を経て、上海にMBA(経営学修士)留学。その経験をもとに『中国のビジネスリーダーの価値観を探る』(『上海のMBAで出会った中国の若きエリートたちの素顔』を加筆・改題)を株式会社アルクより出版。幼稚園児の母。分析・事業開発支援、NPO運営なども行う。facebook.com/okamotosatokochina

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