子育てママのお悩み解決メディア
#9 おせっかいおかん、世に憚る。日常的チャリティのススメ

連載:カラフル&凸凹ハッピー家族ダイアリー #9 おせっかいおかん、世に憚る。日常的チャリティのススメ

あっという間に8月。毎日自宅前を通る五輪マークの車両を眺めつつ、急に決まった引っ越しとワクチン接種でバタバタしています。

あ、そうそう。モデルナワクチン1回目の摂取後、私は腕が痛い以外はすこぶる元気。パートナーは当日&翌日眠くてだるそうでしたが、無事にバースデートリップを楽しめました。2回目は大ダメージ。1回目が楽だったので忙しさにかまけ無防備に迎えたら、インフルエンザに似た高熱と関節痛で2日間寝込み、3日目にはとケロリと治る嵐のような体験でした。

そして、近所ですが引っ越しました。気に入って住んでいたマンションの建て替えで「ついに年内には引っ越し」と思って物件を見始めた初日、ご縁あって即決。2週間後に入居となり、慌てて引っ越し屋を手配。思えば前回の引っ越しは、ぴぴが生まれる数ヶ月前。大きなお腹で友人たちに助けてもらったのも懐かしく、随所ぴぴとの思い出が詰まった感慨深い家でした。ぴぴバースデイの余韻にも感傷にも浸る間もなく、数々のものを手放し怒涛の2週間となりました。

長くブランドビジネスに携わってきたので、とにかく猛烈な数の衣類、靴、鞄、食器。プレス時代は年2回は編集者やスタイリスト仲間とチャリティフリマをやっていましたが、今はままならず。引っ越し先は少し手狭になるし、びっくりするほど細身の服たちは、2度とファスナーが上がることはなさそう。他にも使わない家電、家具、雑貨、化粧品、おもちゃ、子ども用品、ありとあらゆるものの断捨離に追われた。ふと、平素支援している児童養護施設や母子シェルターに衣料品を送ろうと問い合わせたものの、今時の子とは体型が異なり、彼女たちのサイズはあまり見つからない。

ぴぴの思い出たっぷりのお洋服やおもちゃなどを捨てあぐね。周りの知人やSNSで欲しい方を募り始めると、瞬時にたくさんの方がご連絡をくださった。まだふわふわしていた頃のぴぴが着ていた、ボンポワンのニットコート、キャラメルのブルマ、シャークのベビーカー。お譲りした皆さんが「いくら払えばいいですか?」って聞いてくださる回答を躊躇しているうちに、ふと思いついてしまった。

自分がお金をいただくと思うと、なんだか恐縮しちゃう。だったら、そのお金を寄付することにしよう。10年前からサポートしている国際NGOと、昨年出会った国内の個人団体、継続支援している子ども支援の団体が2つ頭に浮かぶ。どちらもお届けしたお金の使われ方には無駄も間違いもない。それぞれとの出会いはまた詳しくお伝えしたいと思いますが、どちらも独自のスタイルで子どもを確実にサポートしています。

社販で買い集めた高価だったはずのブランドアイテムたちは、箱で買い取りに出しても二束三文。その数倍の価格でヤフオクやメルカリに出されているのを見つけて、ため息をつくだけ。だったら、すっごくお安くても誰か顔の見える方にお譲りし、小銭をかき集めて寄付しよう。

そう思うと、処分するのが惜しくなくなってきた!

日々SNSで写真をアップすると、どんどん連絡がやってくる。支援いただく金額は、意図を伝えて個々にお任せ。大物で500円、という方もいれば、諭吉単位で送金してくださり「おまかせで詰めて着払いで送ってください」なんていう素敵な出会いも。まだまだ大量に荷物は残っているけれど、明るい出会いに片づけのモチベーションも加速。封筒に集まってゆく金額とお名前をメモしながら、子どもたちの笑顔を思い浮かべる。

日本ではまだまだ、あまり浸透していない寄付文化。税制の優遇措置があまりないこともありますが、大規模な認定団体になると、その支援金で高額な広報活動や事務所経費にしているところもあったり、税金逃れの印象もまだまだ強いのかもしれない。チャリティを募って寄付していることを告げると「胡散臭い」とか「自分が余裕ないのに、なんで寄付するの?」「個人的に寄付している団体があるので、賛同できません」なんて厳しいご意見も当然出てくる。

でも、答えはとってもシンプルで、ただ思いついてしまったから。

「できる人が気づいた時に、できることをすればいい」それだけ。

だから余裕のない人は無理しなくていいし、心に引っ掛かるものがある人を無理に誘うこともしない。

私が予定外の1万円を手にしても、豪華なランチくらいにしかならない。今は人にも会えず、インスタの画面が映えるくらいの変化しかないけれど。寄付先の彼らにとっては1年近く学べたり、何十人が遊べるレゴが箱いっぱい買えたり、生活を変えられる。

そして私は、日々多くの人に助けられている。その嬉しい「ありがとう」が循環したら、少しだけ暮らしやすい世界を子どもに見せられる期待も持てる。

今日だって、こうして原稿を書いてお迎えに遅れそうになったり、引っ越しで手一杯だったりと分かると、親抜きのプレイデートをママ友が申し出てお迎えしてくれる。ワクチンで寝込んでいたら薬や果物を届けてくれたり、ふらりとやってきて、おしゃべりしながら荷解きを手伝ってくれる人がいる。その一つひとつに、日々どれだけ助けられているか。実際の物理的なサポートもあるけれど、「誰かが気にかけてくれている」そのことが、日々の気持ちの余裕になっている。

特別なことじゃないんだけど、「知ってしまったから、何かできないかなと思って」ただ、それだけのお節介。

そのお節介が小さな輪になって、手が足りないところに片手を突っ込めたら。みんなの手が集まって1人前になると、倒れそうな誰かが立っていられるかもしれない。そして、なぜ支援先を子ども関係にするかというと、これはもう、私の癒しでしかないから。

子育てって楽しいけれど、年々強欲になっていくのを日々感じる。特に仕事を長くしてきたママたちは子育てもプロジェクトベース。「コントロールフリーク」「パーフェクトベイビー願望」に陥りがち。

産まれたばかりの時は、この腕に抱けることが最上のしあわせで、ひとつひとつの成長が嬉しく、目を細めて眺めていた。

それがいつしか「うちの子だけ、これできない」とか「イヤイヤで思い通りに動いてくれない」とか。どの学校に入れるとか、サッカーが、歌が、ダンス、読み書きが上手下手とか。勝手に期待をかけ、比べ、裏切られ、多くを求めるようになっていく。

親と子どもは別々の人格。思い通りになんてなりっこないし、できないことも、できることもそれぞれ違う。手探りでそんな葛藤をしながら、ゴールも見えず努力し向き合う日々を、特に誰かが褒めてくれるわけでもない。

自分の子どもとしか向き合わないと、どんどんその目線は厳しく息苦しくなったり、人と比べて追い込んじゃったり、疲れる時がありませんか?

そんな時は「子どもたち」と向き合うと、自然に肩の力が抜け、初心に戻れる。助けられているのはむしろ、私の方かもしれないと、いつも思う。子どもたちは、ただ数時間遊ぶだけで、全力で「ありがとう」って言ってくれる。

顔を見ただけで歓喜の嵐、角を曲がって見えなくなるまでずっと手を振り、次の来訪を心待ちにしていてくれる。長いこと「当たり前」になって忘れていた子どもと向き合う喜びを思い出させてもらえる。そして、「今日はママと一緒に暮らしていない子どもたちにママを貸すよ」って待っていてくれるぴぴに早く会いたくて、心からありがとうって愛おしく思える。ついつい視野が狭くなりがちな子育て、いい具合にリセットさせてもらえる。個人的にはどんな育児本やセミナーよりずっと、子育ての煮詰まりや悩みを解消してくれるいい機会なのです。

チャリティって特別なことじゃなくていい。

引っ越し後も食器やおもちゃ、衣類の放出を続けますので、興味ある方はぜひSNSを覗いてみてください😊

子どもたちの目に映る世界が、少しだけ優しいものになったら母も優しくなれる……気がするんです。

Katsura

KatsuraSocial activist / Bespoke jeweler

認可保育園に通う4歳児「ぴぴ」と個性豊かな異母兄妹が時折入り混じる、カラフル家族の未婚の母。独自のレッジョエミリアアプローチと探求型子育て実践中。国際NPOや児童養護施設等のサポート活動から、草の根活動「すべての子どもを大人みんなで育てたい」とInstagramやClubHouseでのお悩み相談展開中。職業は宝飾作家。「消費しない、紡ぐ、日本の手仕事、Sustainable」をテーマに、世界にひとつのジュエリーを制作中。qq82.stores.jp

Katsuraさんの記事一覧 →