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さよならひとり親、私のフリーダム! 凸凹家族の新しいかたち

連載:カラフル&凸凹ハッピー家族ダイアリー さよならひとり親、私のフリーダム! 凸凹家族の新しいかたち

この夏、引っ越しをしたことはすでにお伝えした通り。
これ、なかなか気持ちの整理がつかず、文字にできていませんでしたが。私の中では単なる転居ではなく、大きな大きな決断でした。

5年前、入籍することなく婚外子でぴぴを出産。
弁護士先生に相談したり、事前に諸々調べたうえ、我々が選択したのは「生前認知」。
現在の日本の氏戸籍制度にも結婚制度にも、いまひとつ納得しきれない我々は婚外子を迎える上で、当時最善と思われる策を選びました。

今後もし、ぴぴが反抗期や、私とクリティカルな不仲になることがあった時、生前認知により父親の戸籍上にも出生日前から認知の記録が明記され、父親も息子の誕生を歓迎していたことが、少しでも伝えることができた方が良いと考えたから。

紙一枚にこだわっていないわりに、こだわってしまった部分です(笑)。

出産後も同じマンション内に2軒それぞれ家を借り、世帯も生計も分けることで、「スープの冷めない距離」に自由とプライドの詰まった自分の城を構えてきました。元妻、兄姉たちも近隣に住んでいるため、みんなが集まるのは父親の家。父親をハブにして、私たち母子、もう一つの母子がつながる三角形の家族スタイルは、意外に心地が良かった。

自分の好みの家具を、食器を揃え、嫌なことがあれば一目散にドアをロックして籠ることのできる、自分のパーソナルスペース。これは未婚で子どもを育てる一つの決意であり、覚悟であり、働くモチベーションであり。目に見えるわかりやすい形での、自分たちの属性を示す「家」でした。時には彼氏の暴力から逃げてきた友人の隠れ家に、ある時は海外から訪れたパパの同僚の宿泊所としてなどなど、年数回は私の家には誰か転がり込み、その間はパートナーの家で過ごすことも。また、ぴぴは超のつくパパっ子なので、隙あらばパパにくっつき過ごしていたけれど、彼もはっきり「パパの家」「ママと僕の家」と、それぞれの所属を理解していた様子。

そのスタイルがすっかり身に染み、なじんだ5年間。変化はある日突然やってきた。コロナによる日常の変化、電車に乗るストレス。イベントや販売会はじめ対面系の予定はキャンセルが続き、仕事のスタイルは大きく変化した。そして、息子の成長。

さまざま理由の積み重ねに、マンションの工事という最後の一押しで、あれよあれよと引っ越しはあっという間に決まった。

新居のエリア、家賃ではこれまでと条件(同じ建物内で別部屋)の部屋を見つけることが難しいことから、住居を一軒にまとめることになった。

日々の移動距離が短くなり、生活負荷が軽くなることが何より嬉しく、その選択をしてくれたパートナーには、感謝しかない。コロナ禍の不安も緊張も続く日々、同居の安心感ははかり知れず。家も広くなり、ぴぴもお友達ともすぐ会える興奮の日々。私も本来なら喜ぶべきところなのに。なんとなく、なんとなくモヤっとした気持ちが拭いきれぬままドタバタで転居を迎えた。折々何度も区役所で手続き、相談をするうちにその理由がぼんやりと分かってきた。

婚外子だろうが、生計が別だろうが、異性が同居になれば「内縁」と判断され、ひとり親でなくなる。私はたぶん、その事実と変化に戸惑っていた。

私にも同居や入籍を求めた時期があったけれど、長い話し合いと逡巡の末、いまの形を選んだ。

「子どもをどうしても産みたい」という直感的本能的な欲求を優先した結果であっても、腹を割って話し、自分たちの意思だけで決めたひとつの選択。当初は友人家族の誰にも受け入れられなかったけれど、最近ではこのスタイルも馴染み、ようやく一定の理解を得られるまでになっていた。

自由であることも、そこからくる緊張感も、譲らない一線も、すべて満足していたし、特に不自由もなかった。

おそらく徐々に、自分たちの選んだこの凸凹で独特な「家族のかたち」が心地よくなり、私たち3人を表すわかりやすい看板にもなっていたんだと思う。

その看板を下ろし、あっけなく廃業する。

区役所で「現況届け」のひとり親に二重線を引き、同居人ありと変更した時の処理しきれない気持ちは、無駄に窓口の担当者とベラベラ世間話をし、なんとか誤魔化し乗り切った。

もちろん嬉しいと思う気持ちもたくさんある。

周りもほとんどが「今度はパパと一緒に住むんだね」「良かったね」と言ってくれる。

これまでも同居のような距離感ゆえ、生活自体はそんなに変わらないけれど。生活コストは抑えられるし、ぴぴは毎日パパと並んでマイクラに興じることに歓喜している。そう。かつては泣いて望んだ形であり、収入が減ったいまは、ありがたい話でしかない。

心が晴れないのは、ひとり立ちにダメ出しされた自分の不甲斐なさなのか、自分の看板が変わる、変化への不安なのかわからない。

自宅にあった小ぶりの家具はほとんど処分し(家族サイズではないため)、持っていくのはほぼ全てパートナーのもの。がむしゃらに働き、子を産み、育て、悩みながら仕事を続けてきた一人暮らし+1の日々と想いが詰まったお城は、0123のダンボールとともにあっけなく幕を閉じた。

新しい生活は幕を開け、日々家具のオーダーや家の整理に奔走。引っ越しと前後して起きたメニエールや疲労感に苛まれ、もやもやした気持ちに気づかないようにしてきたけれど。季節がひとつすぎ、ようやく自分の中で昇華しはじめた気がする。そうだ、風の時代。変化をしなやかに、軽やかに楽しまなくては。

また、新しい看板を描けばいいし、新しい地図を作ればいい。大切な私のたからもの、信頼する家族が一緒にいるのだから、あとはどうにでもなる。

そして何より、次はどんな変化が生じようとも、自分自身で率先して走り出せるように。

腹に力を入れて、仕事も新しい形を見つけるべく、もがいていこう。

そんなわけで。この夏は仕事の手が止まってしまい、クライアントの皆さまにご迷お掛けしたことをお詫びします。お休みをいただいた分、新しいアイデアもイメージも膨らみました。またたくさんの「世界にひとつ」のジュエリーを生み出せるよう、10月から精進の日々を送る覚悟が固まったご報告兼ね、われわれ家族の近況報告でした。

新しくスタートを切った未婚凸凹家族第2章、これからもお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。

Katsura

KatsuraSocial activist / Bespoke jeweler

認可保育園に通う4歳児「ぴぴ」と個性豊かな異母兄妹が時折入り混じる、カラフル家族の未婚の母。独自のレッジョエミリアアプローチと探求型子育て実践中。国際NPOや児童養護施設等のサポート活動から、草の根活動「すべての子どもを大人みんなで育てたい」とInstagramやClubHouseでのお悩み相談展開中。職業は宝飾作家。「消費しない、紡ぐ、日本の手仕事、Sustainable」をテーマに、世界にひとつのジュエリーを制作中。qq82.stores.jp

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