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7歳から恋愛もお酒も解禁!? 驚くべき子育ての歴史【古市憲寿/保育園義務教育化・19】
2017.01.30 by 古市 憲寿 古市 憲寿

連載:保育園義務教育化 保育園義務教育化19 7歳から恋愛もお酒も解禁!? 驚くべき子育ての歴史【古市憲寿/保育園義務教育化・19】

社会学者・古市憲寿さんの著書『保育園義務教育化』の内容をご紹介していく連載。

前回から第3章にはいりました。「母性愛」なんて言葉は大正時代までなかった、という意外な事実。そして、生まれた子どもが捨てられるものも当たり前だったという話でした。

そして、今回もまた、子育ての歴史についての驚くべき話が続きます。


(書籍『保育園義務教育化』「3章」より)

父親が子どもを育てた時代

その状況が変わるのは江戸時代も半ばになってからのことである。

17世紀に、寺子屋が全国に普及し、「子どもを教育しよう」という価値観が広まっていった。その頃には、農村でも乳幼児期の子どもの誕生や成長を祝うような儀式も普及しつつあったという。

また、幕府も法律で捨て子を禁止するようになった。しかし、それでも子どもを捨てざるを得なかった貧しい親も多かった。そのため、捨て子を保護するような藩も出てきた。

しかし、今のように「お母さんが子どもを育てることが当たり前」と思われていたわけではない。

歴史学者の太田素子さんは、江戸時代を「父親が子どもを育てた時代」と呼んでいる。

当時の育児書は、今と違って、男性が男性に対して書いたものばかりだったというのだ。武士たちにとっては「家」を守ることが大事である。そのため、特に長男を家長として教育するために父親たちが奮闘していた。

「家」を残すことが重要だと考えられていた時代、その家長である父親は、育児を自分の責任だと考えていた。

だから「育児は女性の天職」だと考えるような発想はなかった。実際には、主に母親と祖母が育児をする場合も多かったが、精神的には父母が共同で子育てをしていたのだ。

また下級武士たちは、労働時間が短く、要するに暇だった上に、職場と家が近いことも多かった。

だから男性であっても日常的な育児や家事に関わっていたという。父親の勤務先に子どもが訪れたり、お祭りに一緒に参加したり、江戸時代にはイクメン武士が珍しくなかったらしい。

一方で、庶民たちは村単位や、大家族での子育てをしていた。貴重な労働力である若い女性を、育児だけに専念させるわけにはいかない。当時は、男女関係なく、家族総出で仕事をするのが当たり前だった。

赤ちゃんのお守りは、もっぱら子どもたちの仕事だった。それも現代のように、大事に育てられたわけではない。子どもというのは、現代に比べればはるかに雑に扱われるものだった。

子どもが里子に出された時代

何も日本だけが特別だったわけじゃない。18世紀のフランスでは、誕生後赤ちゃんを乳母に預けたり、里子に出すという習慣があったという。

歴史学者が発掘した資料によれば、1780年にパリで生まれた子どもは2万1千人。そのうち母親のもとで育てられた子どもはなんと、1000人にも満たなかったという。他の2万人の子どもたちは、里子として遠方に送られてしまっていた。

なぜ、当時の親たちはこんなことをしたのか。一つは「厄介払い」という意味があったという。経済的に厳しい家庭にとって、時間のかかる子育ては重荷だし、女性たちはすぐに仕事に復帰する必要があった。

しかも、里子に出した子どもが死んでも、当時の親はあまり怒らなかったらしい。「これであの子も天使になって天国に行った」と平然していたり、中には子どものお葬式にさえ参加しない親も多かったという。

もちろん中には子どもを大切に育てた母親もいただろうが、現代日本のような「母性愛」は決して当たり前のことではなかった。なぜなら、貧しい時代、女性は「母親」である前に「労働者」だったからだ。

どちらにせよ、当時の女性たちは、自分の手で自分の子どもを育てるのを、当たり前のことだとは考えていなかったのである。

7歳から「小さい大人」と思われていた時代

そもそも、昔は「子ども」なんていなかったという研究もある。

もちろんいつの時代も赤ちゃんはお母さんから産まれるし、身体が小さい時期はあるはずだ。だけど、それが現代のように保護されるべき「子ども」と見なされていなかった。

『〈子供〉の誕生』という有名な本によれば、中世の絵画で子どもたちは、まるで大人と同じように描かれていたという。大人と同じ服を着て、働きに出され、お酒を飲み、恋愛をしている。

そして、だいたい7歳を過ぎた子どもは「小さい大人」として認識され、大人と同等に扱われていたのではないかというのだ。

現代の価値観からすれば、7歳が「大人」だったなんて信じられない。

だけど確かに言われてみれば、小学生にもなれば「大人」らしい会話もできる子もいるし、ませた子は誰かに恋愛感情を持つこともあるだろう。

要するに、中世ヨーロッパでは「子ども」がちっとも特別扱いされていなかったのだ。

たとえば、フランスで「小児科」が誕生するのは1872年のことである。逆にいえば、それまで小児医療なんてものはほぼなかった。子どもが「小さい大人」と思われていた証拠である。


次回は、「専業主婦なんていない。たくさんの「親」が育てていた」
連載第1回目から読む方はこちらへ

【「お母さん」を大事にしない国で赤ちゃんが増えるわけない】
【産後の身体はガタガタなのに。お母さんを気にかけてくれない社会】
【「子どもがかわいいと思えない」。理想と現実のギャップ】
【虐待をしてしまう親に共通すること】
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「保育園義務教育化」連載一覧

古市憲寿(ふるいち・のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

この連載について
こちらの連載は、古市憲寿さんのご厚意により、書籍『保育園義務教育化』(小学館)の本文より、約8割ほどの内容を、順次Hanakoママウェブに公開していく、という企画です。毎週月曜日に更新します。古市さんの「この問題をできるだけ多くの人に、自分の問題として意識してもらいたい」という強い思いによって実現したものです。共感したかたはぜひ、家族や友人とシェアしてくださいね。
古市さんのインタビューはこちらから
古市 憲寿

古市 憲寿ライター

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

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