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専業主婦なんていない。たくさんの「親」が育てていた【古市憲寿/保育園義務教育化・20】
2017.02.06 by 古市 憲寿 古市 憲寿

連載:保育園義務教育化 保育園義務教育化20 専業主婦なんていない。たくさんの「親」が育てていた【古市憲寿/保育園義務教育化・20】

社会学者・古市憲寿さんの著書『保育園義務教育化』の内容をご紹介していく連載。

第3章では、私たちが当たり前のように使っている「母性愛」という言葉がそもそもなかったこと、子どもが大切に育てられたわけではなかったことなどを歴史的事実をもとにご紹介しています。

今回は、「サラリーマン」「専業主婦」が日本の伝統でもなんでもない、という事実について。


(書籍『保育園義務教育化』「3章」より)

「親」がたくさんいた時代

日本でもヨーロッパでも、「子ども」はずっと大事にされていたわけじゃないことがわかった。しかも、母親が子どもを育てるという価値観も当たり前ではなかった。

では、いつから「女性が育児をするもの」という考え方が広がっていったのだろうか。それは大正時代に都市部から始まり、昭和時代に徐々に庶民の世界にも拡大していったらしい。

明治時代は、「親」はたくさんいたほうが、子どもの命にとっていいという考え方もあった。衛生状態も悪く、まだまだ貧しかった時代だ。「産みの親」だけではなく、「名付け親」などたくさんの「仮の親」がいたほうが、安定して子どもを育てられるという感覚を持てたらしい。

それが変わるのが、大正時代だ。特に第一次世界大戦で景気が良くなった日本では、多くの企業や銀行が誕生、同時に「サラリーマン」という存在が生まれた。

今では「社畜」と呼ばれるサラリーマンも、当時は憧れの存在だった。なぜなら、農業や自営業で働く人が多かった時代、安定して給料がもらえる「サラリーマン」は、非常に魅力的だったからだ。

1930年の段階で、「サラリーマン」と呼べそうな人は日本全体で約200万人しかいなかった。今から考えればとんでもないエリートである。

この「サラリーマン」というエリート男性の出現と共に、「専業主婦」という存在が生まれた。外でお金を稼ぐことは夫に任せて、家事や育児に専念する「専業主婦」。それは、家族中で働かなくてはならない時代にはあり得なかった。

そもそも、日本で初めて「母性」という言葉が用いられるようになったのが、大正時代のことである。スウェーデン語の翻訳として日本に登場したのだが、言葉が普及するのは昭和時代に入ってからのことである。

「母性は本能だ」なんて言ってしまうが、大正より前の日本人は「母性」という言葉さえも使っていなかったのだ。

「専業主婦」は日本の伝統ではなく、戦後生まれ

大正時代に誕生した「専業主婦」と「サラリーマン」だが、それが一般的になるのはもっと後のことである。日本の大多数は農業に従事していたし、都市部の庶民家庭でも母親は内職や家事で忙しく、子どもに時間をかける余裕はなかった。

戦争が終わり、1950年になっても就業人口の約半数が農業をしていた。そして日本全体が貧しかった。だから、大多数の女性たちは男性と結婚しても、専業主婦になれる余裕なんてなかった。

その状況が変わったのが、1960年代の高度成長により日本が豊かになった後のことである。

この頃、『ALWAYS 三丁目の夕日』で描かれたように、日本は今では考えられないような経済成長を遂げた。1958年には東京タワーが誕生、1964年の東京オリンピックのために新幹線や首都高が整備され、日本は世界有数の経済大国になった。

夏でもスーツにネクタイの「サラリーマン」が一般的になるのもこの頃だ。戦後しばらくは男性たちが仕事の時も、夏はジャケットを着なかったり、ネクタイをしないのは当たり前だった。「クールビズ」なんて言葉がなくても昔の日本の規範はとっても緩かった。

それがオフィスビルに冷房が整備される中で、夏でもスーツにネクタイというのが、「サラリーマン」の常識になっていく。

そんな「サラリーマン」の台頭と共に、「専業主婦」という生き方を選ぶ女性たちが増えていった。

日本で女性の働いている割合が最も少なかったのは、1975年のことである。

だから戦後日本で、外で働いた経験がもっとも少ないのは、団塊世代の女性ということになる。団塊の世代とは、1947年から1949年に生まれた人たちのことだから、今だいたい60代後半の人々。ビートたけしさんや小倉智昭さん、泉ピン子さん世代である。

ということは、男性は「サラリーマン」として外で働き、女性は「専業主婦」として家事と育児に専念するというモデルには、たかだか数十年の歴史しかないということになる。

というか、それは経済に余裕のある時代にのみ成立する生き方だ。事実、1990年には、専業主婦がいる世帯の数は、夫婦共働き世帯の数に追い抜かれている、「サラリーマン」と「専業主婦」は1960年から1990年頃の、日本経済が好調だった時代の産物だったのだ。それは日本の伝統でも何でもない。


次回は、「ほとんどの病気の原因は「母親」にある!?」
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「保育園義務教育化」連載一覧

古市憲寿(ふるいち・のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

この連載について
こちらの連載は、古市憲寿さんのご厚意により、書籍『保育園義務教育化』(小学館)の本文より、約8割ほどの内容を、順次Hanakoママウェブに公開していく、という企画です。毎週月曜日に更新します。古市さんの「この問題をできるだけ多くの人に、自分の問題として意識してもらいたい」という強い思いによって実現したものです。共感したかたはぜひ、家族や友人とシェアしてくださいね。
古市さんのインタビューはこちらから
古市 憲寿

古市 憲寿ライター

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

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