
連載:山本祐布子の「子どものいる風景」 うまくはいかない親の姿を見せていこう【山本祐布子の「子どものいる風景」】
この連載は……
イラストレーター・山本祐布子さんのエッセイ。ふたりのお子さんと暮らす、家族の日々を綴ります。
vol.25 うまくはいかない

わたしたち家族が千葉の大多喜に暮らすようになって、もうすぐで一年が経とうとしています。
まだ寒かった春先に、右も左もわからずにこの森にとびこんで、家もできていないので昔からあった園内の資料棟が、家族の新生活の場所でした。
時は流れました。だけど、わたしたちはまだ仮住まいです。夫の蒸溜所の工事が着々と始まり、毎日たくさんのトラックや車が庭にいて、たくさんの大工さんたちが忙しそうに働いてくれている。
その傍らで、私たちは暮らしています。
「まだお家はできないの?」
「まだ荷物の箱は開けられない?」
「お酒はいつできるの?」(パパ耳がいたい)
生活道具もまだほとんどが倉庫の中。こどもたちの大好きな絵本もおもちゃも、わたしの大切な食器も、まだあかずの箱の中にはいったまま、一年がたってしまいました。当初はもっと早くに生活が整うと思っていたから、本当に少しのものだけを取り出して生活していたけれど、それで、一年。
案外、人はものが少なくても生きられるものなのですね。
と、もう開き直る境地です。
なかなか、うまくはいきません。慣れない環境の中で四苦八苦している親を見るこどもたちは、どう思っていることでしょう。恥ずかしいなんて、言っていられません。だってわたしたちは必死だから、うまくいかないことに、悩んだり、困ったりしていることを隠すことすらできません。
この数ヶ月の間、パパは小屋作りに夢中でした。もともとあった東屋の柱と屋根を利用して小さな小屋を作る、頭の中のイメージとしては簡単でしたが、これが実際はどうやらずいぶん大変だったみたいです。
まずは壁にする板を、焼き杉に仕立てるところから作業が始まりました。長いままの板を三本組み合わせ、下から火をおこします。気流で立ち上る炎が板を焼きながら上へ、上へと登っていきます。煙突のように上から炎とともに煙が吹き出します。そしたら板を即座に倒して水をかける。
パパが板をおさえ、わたしが火をおこす。真っ黒に焦げたら一気に倒し、真っ白な煙に包まれながら、こどもたちがホースで水を吹きかける。大騒ぎのいち場面。
こんなことをしているものだから、こどもは火を怖がらなくなり、わたしたちのそばでダッチオーブンに小枝を入れて、燃やして焚き火をしています。
そのほかの作業の間もこどもたちはパパのそばで、木っ端をノコギリで切ったり、ドリルで穴をあけたりしていたようです。ある日は長女ひとりで作った椅子を、喜々として家に持ち帰ってきて驚きました。
東京では、ありえなかったたくましいこどもたちの姿。
何かをやるって、時間がかかるもの
毎日毎日木くずと煙に汚れながら、あーでもない、ここがうまくいかないと手こずりつつもさすがはパパ、東屋はどうやら完成したようです。早速そこでご飯を食べよう!
パパが仕込んだピザの夜。
小屋に設置した薪ストーブでピザを焼こうという算段でした。
しかし、なかなかうまく天板の温度が上がってくれない。。。。。
待てども待てどもピザはなかなかできません。
パパは必死でどうにかピザを焼くために工夫をしますがやっぱり温度は低く、仕上がりも本人の思ったものにはならなかった。
その間、こどもたちのおばけショーや(懐中電灯を顔の下にやって、振り返る、あれですね)ダンスの披露です。暗い小屋の中の懐中電灯の灯りというのは、どうにもこどものテンションを上げる作用があるようで。
ピザができるたびに、
「美味しい~~~!」と大喜び。
気がつけば、とっぷりと夜は更けて、何時間も、わたしたちは小屋の中で数枚のピザを待ち、過ごしていました。
なかなか、うまくはいきませんね。でも、いいじゃない。
わたしたちがこどもに今見せていることっていったら、
「そううまくはいかない!」
なんだか夢もファンタジーもありませんが、そういうことなのかもしれない、なんて思ったりします。
なにかをやろうとする時には、必ず失敗もあり、うまくいかないこともあり、悩むこともあり、考えることも投げ出したくなる時も、ある。そして、時間が、かかる。
こどもたちは、今こんなわたしたちの作る時間の中で、何を、感じ、何を、自分の中に育てているかな。
また、それも、きっと、たくさんの時間が過ぎた後に、なにか、見えてくるものがあるのかもしれない。そして、わたしたちが選んだこの人生が、きっと、間違いではなかったと思える日が来るに違いない。
東屋を作るパパを横目にわたしは、温室の裏の、使われていなかった土地を耕して畑にチャレンジしようと今やっています。
山を切り出して出来たこの土地だから、土壌が浅い。庭師さんとも協力しながら、落ち葉をいれたり、腐葉土を混ぜたり、今はもっぱら土づくりです。
ある日庭師さんが嬉しそうに、落ち葉を堆積した下にできた真っ黒で、ふかふかの腐葉土を畑に持ってきてくれました。
何年も、何年も、地面で重なったその時間に、なんだかわたしも、その土を見たとたん、わくわくしてしまいました。なんか、すごーく、良いものを見たときの気持ちです。
また、こちらも大変なことをはじめてしまった感じはありますが、のんびり、やっていこうと思います。
こどもたちがこの場所で、たくさんの生命を収穫できる時がくるように。