働くママのウェブマガジン

Column あの人に聞きました

保育園義務教育化6母乳?ミルク?の問題が、お母さんを追いつめる【古市憲寿/保育園義務教育化・6】

2016.11.09

社会学者・古市憲寿さんの著書『保育園義務教育化』の内容をご紹介していく連載。

前回は、お母さんを取り巻く厳しい状況について。産後で母体をケアすべき時期も、里帰りができないお母さんは、生まれたばかりの赤ちゃんを前に不安を抱えて過ごしているという現実があります。

今回は、そんなお母さんを追いつめているかもしれない「母乳育児について」です。


(書籍『保育園義務教育化』「1章」より)

日本で親になる条件

今の日本で親になるには、ある程度のお金があり、教養があることが前提とされている。それを象徴するのが、養子縁組をする時の養親に求められる基準だ。斡旋する団体によって条件は違うのだが、だいたい次のような要件を満たすことが求められている。

・25歳から45歳までの婚姻届を出している夫婦
・離婚の可能性がなさそうなこと
・健康で安定した収入があること
・育児をするのに十分な広さの家であること
・共働きの場合、一定期間は夫妻のどちらかが家で育児に専念できること

養子縁組には統一基準があるわけではないが、おおむね絵に描いたような「幸せな家族」であることが要求されるようだ。

ちなみに戸籍上も親子となる養子縁組と違い、子どもを一時的に預かるという形の里親になる時も、厳しい条件が課されている。

たとえば東京都では、「居室が2室10畳以上」などを求めている。そして保育士資格を持つなどの場合をのぞいて、夫婦にしか里親を認めていない。

つまり、一人で働く女性は、基本的にはいくら収入があったところで、日本では養子縁組はおろか、里親になることもできないのだ。

この養子縁組の条件は、日本で「親に求められていること」の集大成のようだ。夫婦円満で、子どもが小さい時は母親が一緒にいて、父親が安定した職業に就いていること。もうすでに過去のものになりつつある「昭和の家族」だ。

もちろん、子どもが「幸せな家族」の一員として育つことは重要だ。だけど、日本でも多くのシングルマザーやシングルファザーがいる。そして社会のサポートをしっかりさせれば、十分に一人でも子どもを育てることはできるはずだ。

それなのに今の日本社会は、未だにこの「昭和の家族」をもとに、様々な制度が設計されている。

産まれてすぐ殺されてしまう赤ちゃんがいる。生後1ヶ月未満で亡くなった子どもの加害者は、実に91%が「実母」だったという。だけどもし、出産・育児にお金がかからず、社会が子どもを育てる仕組みがあったら、救われた命も多かっただろう。

「昭和の家族」を前提にした仕組みが、実は赤ちゃんの命を奪っているのかも知れない。

スパルタすぎる「母乳教」

furuichi_6_top_2

この本のために調べていて驚いたことはいくつもあるのだが、その一つは「母乳教」の存在だ。何でも今、日本では母乳全盛の時代を迎えているのだという。

確かに厚生労働省のガイドラインでも、母乳育児は赤ちゃんを病気から守る免疫力を高めるといったデータが紹介されている。また妊娠中の約4割の女性が「ぜひ母乳で育てたい」、約5割が「母乳が出れば母乳で育てたい」と答えているというデータもある。

なので、お母さんがそれを望む場合、母乳育児のできる環境を整えることはとても大事だと思う。哺乳瓶や消毒キットを買わなくていいなら、経済的な負担も少ないし、移動時の荷物も少なくて済む。

だけど、「母乳のほうがいい」という考えが一歩進んで、どうやら今「母乳教」とも呼ぶべき思想が一部で広がっているようなのだ。

母乳教の熱心な信者たちは、「完全母乳育児」にこだわる。母乳で育てないと母子間に愛情は生まれない。だから初乳から卒乳まで一滴も粉ミルクを与えず、完全に母乳だけで育てるのが正しい、といった考え方のことだ。

え?本当にそうなの?

また産婦人科医の宋さんに聞いてみた。

宋さんも、お母さんが望む場合はできるだけ母乳保育を勧めてきたという。しかし、実際には母乳がどうしても出ない人もたくさんいる。

事実、厚生労働省の「乳幼児栄養調査」でも、子どもが1ヶ月の時点でさえ完全母乳保育ができている人は42.4%に過ぎなかったという。

52.5%の人は母乳と粉ミルクなどを併用している。また、粉ミルクなど人工栄養だけを使っている人も5.1%いた。

子どもが6ヶ月になった時点では、完全母乳保育の人は34.7%しかいない。つまり、多くの人が何らかの事情で「完全母乳育児」ができていないのだ。

宋さんのもとには「母乳が出ない」「母乳じゃないとダメなんですか」という相談が多く寄せられるという。宋さんの答えは、「そこまで悩む必要はない」というものだ。

粉ミルクで育った子どもが発育不全になったというデータはないし、実際これまで多くの日本人が粉ミルクを使って育てられてきた。だけど、粉ミルクで育った世代がバタバタ死んでいるという話はちっとも聞かない(むしろ元気すぎて困る人も多い)。

またNHKの報道によれば、母乳は粉ミルクに比べるとビタミンDが少ないことがわかっており、母乳だけで育てられた赤ちゃんは、足などの骨が曲がってしまう「くる病」になる危険性があるとも報告されている。

完全母乳は完全母乳で、また問題があるようなのだ。

「お母さん」は寝なくていいの?

「母乳教」の人は、とにかく完全母乳保育を勧める。

たとえば母乳を勧めるある団体は「乳首が切れて痛み、授乳がつらいのです」という悩みに対して「おっぱいはやめずに続けましょう」「赤ちゃんが飲んでいるうちに多くの場合は治ります」とスパルタ指導をしている。

恐い!!母乳って、こんなに苦労してあげないといけなかったのか。

完全母乳育児は、もしかしてお母さんに過剰な負担をかけているのかも知れない。

産まれた赤ちゃんは3時間おきに泣く。子どもが泣くたびに母乳をあげていたら、お母さんは一体いつ眠るのだろう。

結論からいうと、出産直後のお母さんは、大して寝られていないらしいのだ。3時間おきに泣くから、そのたびに母乳をあげる。1時間くらいかけて赤ちゃんを寝かしつけると、今度はまた2時間くらいして泣き出す。

こんな感じで、お母さんはまとまった時間、眠ることができないのだ。

僕の友人も、赤ちゃんが産まれてすぐは、「1週間で5時間しか眠れなかったし、連続して1時間以上寝られなかった」と言っていた。

最近、父親の育児参加の重要性が叫ばれているが、完全母乳育児にこだわる限り、赤ちゃんが小さいうちには「お父さん」の出番がなくなってしまう。

粉ミルクであれば、お父さんや親族など、お母さん以外の人も赤ちゃんにあげることができる。たとえば、昼間はお母さんが母乳をあげるとして、夜はお父さんや家族が粉ミルクをあげるといった分担ができたらどうだろう。

少しでもお母さんの負担が減るのではないだろうか。

そして何より、お父さんも子どもと関わり続けないと、子どものお父さんに対する愛着が育たない。完全母乳育児はお母さんと子どもの関係ばかりを強調するが、子育てはお母さんだけがするものではない。

お父さんに「出番」を与えるためにも、粉ミルクは必要だと思う。

日本では1970年頃までは、粉ミルクのほうが母乳よりも素晴らしいものだと信じられ、その利用率も高かった。その頃の粉ミルクは栄養的に明らかに母乳に劣っていたり、問題も多かった。だから、「母乳教」の人の言い分もわかる。

だけど、現在は母乳に極めて近い成分の粉ミルクが開発され、母乳だけで育った子どもとほぼ同じ発育をすることが確認されたミルクも発売されている。

別に僕も「誰もが100%粉ミルクで育児をするべきだ」とは思わない。

だけど、「母乳が一番素晴らしい」という思想は、母乳が出ないお母さんを苦しめることにつながっていないだろうか。「母乳教」は、ただでさえ出産後で身体がボロボロになっているお母さんを、さらに傷つけてしまっていないだろうか。

「子どものため」を謳う「母乳教」は、もしかして必要以上にお母さんを追い詰めているかも知れないのだ。

次回は、「どうして日本の父親たちは、育児をしないのか」
連載第1回目から読む方はこちらへ

「保育園義務教育化」連載一覧

古市憲寿(ふるいち・のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

この連載について
こちらの連載は、古市憲寿さんのご厚意により、書籍『保育園義務教育化』(小学館)の本文より、約8割ほどの内容を、順次Hanakoママウェブに公開していく、という企画です。毎週月曜日・水曜日・金曜日に更新します。古市さんの「この問題をできるだけ多くの人に、自分の問題として意識してもらいたい」という強い思いによって実現したものです。共感したかたはぜひ、家族や友人とシェアしてくださいね。
古市さんのインタビューはこちらから