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Column あの人に聞きました

保育園義務教育化11日本の教育政策は「おじさんたちの経験」でできている!? 【古市憲寿/保育園義務教育化・11】

2016.12.05

社会学者・古市憲寿さんの著書『保育園義務教育化』の内容をご紹介していく連載。

前回から「人生の成功は6歳までにかかっている」という2章に入りました。人生の成功に重要なのは、「学力」よりも、意欲や自制心といった「非認知能力」。良質な保育園に通うことができた子どもは人生に成功しているという説があるいっぽうで、「乳幼児期はお母さんと子供の一対一が基本」という考え方が依然として存在することについてでした。

今回は、日本の教育政策には科学的根拠が薄弱だというお話です。


(書籍『保育園義務教育化』「2章」より)

根拠なし!おじさんたちの「私の経験」披露合戦

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そんな時に教育経済学者の中室牧子さんの研究に出会った。教育経済学というのは、「教育」を経済学の理論や手法を用いて分析する学問だ。

特に中室さんは、個人の教育歴や教育環境などに関する大規模データを用いて、教育を経済学的に分析することのプロだ(なんか信頼できそうでしょ)。

この章は、中室さんに直接会って聞いたこと、そして中室さんが最近出した『「学力」の経済学』という本をすごく参考にさせてもらった。「思い込み」が跋扈する育児や教育の本の中では珍しく、きちんとデータに基づいた議論がされている本だ。

本の中では「子どもを勉強させるために、ご褒美で釣ってもいいか」「子どもはほめて育てるべきか」「ゲームは子どもに悪い影響があるか」など子育ての悩みへの答えが、教育経済学的に示されている(営業妨害になるので、その答えはここでは書かない)。

中室さんが熱く語っていたのは、日本の教育政策には科学的根拠がとにかく薄弱なのだという点だ。

たとえば、税制政策や経済政策において「私の経験から」発言するような大臣はいない。

しかし教育政策では、とにかく偉い人たちの「私の経験」が幅を利かせてしまうというのだ。

確かに官邸で開かれている教育再生会議の議事録を読んでみたら、すごいことになっていた。それは会議という名の、偉いおじさんたちの「私の経験」披露合戦だったのだ。

「経験から私が言えることは、まず、家庭状況とか学校の成績にかかわらず、人間の可能性というのはすごく大きい」

「私の経験で言えば、修身の教科書の中にあった感動する物語(で)、人としての生ざまを身につけていった」

「日本の知識人は日本語では考えられるのです。しかし、私の経験でも、これをすぐ即座に英語なりほかの言葉に組み立てて対応していく力が国際的に弱い」

「50億円調査」が有効活用されていない!

こういった「私の経験」に基づき、教育再生実行委員会では、様々な提言を発表している。たとえば「いじめ防止」のためには「心と体の調和のとれた人間の育成に社会全体で取り組む」ことが大事だという。

確かに「心と体の調和のとれた人間の育成」は重要だろうが、目標が抽象的すぎて、そのためには教育現場で具体的に何をしたらいいのかが全くわからない。

一応、手段として「道徳を新たな枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育を行う」といったことは書いてあるのだが、今度は「人間性に深く迫る教育」というのが何かよくわからない。

金八先生のような暑苦しい教師を増やせばいいということなのだろうか(ちなみに武田鉄矢さん自身は、学校での道徳教育なんて必要ないと言っていた)。

このように、「私の経験」ばかりが溢れる日本の教育政策。

一応日本でも全国の小中学生に実施する「全国学力・学習状況調査」などがあるが、びっくりしてしまうのは、これらの調査結果が研究者に十分開示されていないことだ。

僕も中室さんに聞いて知ったのだが、全国学力・学習状況調査には約50億円もかかっているのに、そのデータは研究者が学術研究のために使うことができない。せっかく高いお金を使って集められたデータよりも、「私の経験」が優先されてしまうというのだ。

別に「私の経験」を否定する気は無いが、それはあくまでも「その人の経験」。どこまでみんなに当てはまるものかはわからない。

だが、どうやらアメリカでは日本と違って、もっとエビデンス(きちんとした根拠)に基づいた教育理論が研究されているらしい。

[次回につづく]

これまでの連載はこちらから

古市憲寿(ふるいち・のりとし)

1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書『保育園義務教育化』(小学館)では、女性が置かれた理不尽な状況を描き、その解決策を示す。共著に『国家がよみがえるとき』(マガジンハウス)などがある。

この連載について
こちらの連載は、古市憲寿さんのご厚意により、書籍『保育園義務教育化』(小学館)の本文より、約8割ほどの内容を、順次Hanakoママウェブに公開していく、という企画です。毎週月曜日に更新します。古市さんの「この問題をできるだけ多くの人に、自分の問題として意識してもらいたい」という強い思いによって実現したものです。共感したかたはぜひ、家族や友人とシェアしてくださいね。
古市さんのインタビューはこちらから