連載:子育てエッセイ 坂上みきの「君はどこから来たの?」・3 あの日、母はなにも言わなかった
ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの新連載がスタート!
ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。
この連載は……
結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!
第3回 白いタンスをキャンバスに! 息子に贈る一生もののメッセージ
息子が生まれて1年くらいたったころに、そういえば出産直後からずーっと怒涛の日々が続いて、親として、彼が生まれた記念になるものを何もしてあげてないじゃないか、ということに気づいた。
何か、唯一無二のものは、ないかいな?
ふと思いついて、子供用の白いタンス(W112×H87)をキャンバスに、絵を描いてもらうことにした。
持つべきものは、アーチストの友人!
書家で画家のはなてる(hanateru)ちゃんに相談すると、「そんな発注は初めてだけど、やってみましょう。毎日使うものなので、こすれたり、色あせてきたリするかもしれませんが、メンテナンスもお任せあれ」と心強いお返事。
さてさて、何を描きましょうか?
ノーアイデアの私に、彼女のインタビューが始まった。
「どんな風に育ってほしいと願っていますか?」
「そうねぇ、自分のチカラで、その脚で、ズンズン歩んでいける子になってほしいなぁ。冒険をいとわずに、自分の世界を、人生を愛してほしい」
「名前に‟雨”の文字が入っていますが……」
「雨が大好きで。‟晴れ”に対して、影のような地味なイメージが強いけど、実は、ネガティブな意味は一つもないの。草木を潤す、まさに‟恵みの雨”なんだよ。命名の折に、よおく調べたんだからね」
そんないくつかのやり取りから、インスピレーションを受け取った彼女は、せっせと我が家に通い、引き出しの凸凹に苦しみながら、動かしがたい重量のタンスを前に、天井にフレスコ画を描くミケランジェロのごとく(逆バージョンだけどね)、時には床に這いつくばって一心に作業を進めてくれた。
あの日、母はなにも言わなかった
タンスと言えば……昭和の居間には、下部はチェストのような引き出し、上部にはガラス扉の戸棚が付いた「茶箪笥」と呼ばれるものが必ず鎮座していた。
実家の茶箪笥は、チェスト部分が5段ほどのシンプルな大きな引き出しで、引き戸のガラス扉の中には、来客用のコーヒーカップや父の旅土産のこけしが、開き戸のガラス扉の中には、母の嫁入り道具のひとつとおぼしき、フランス人形が収まっていた。
子供のころ、姉と、この茶箪笥の引き出し部分を少しだけ開け、縁に立ってジャンプするという遊びを思いついた。
キャッホー、と何度も繰り返し、次第に2段目、3段目とエスカレート、4段目に足をかけた途端、茶箪笥がダイブするかのように、ガシャーンと床に勢いよく倒れてしまった。
想像できたよね。
幸い2人ともケガはなかったが、ガラスの割れる物音を聞きつけた母がすっ飛んできて、絶句した。
すわっ、怒られる!と身をきゅっと固くしたが、母はな~んにも言わなかった。
そうなのだ。彼女はこんな時、存外、鷹揚に構えていて、こちらが拍子抜けするほど叱らなかった。
こんな時、とは、故意ではないこと、と、子供が元気に遊んでいるときのことだ。反面、わざと何かをやらかしたり、ぐちぐちだらだらと、ダダをこねているような時は、めちゃくちゃ叱られた。
自分が親になって、感情にまかせて怒ってしまったり、ここは叱るべきなのか見逃すべきなのか逡巡することが多々ある。
育児書の「褒めて育てよ」「子供の正しい叱り方」などの文言を見るにつけ、最初はふむふむと感心しながら、最後には、「きれいごと言いやがって!」と乱暴に本を投げつけるような未熟な私である。
そんな時、母ならどうしただろう、と必ず想う。
亡くなって、17年。
お母さん、あなたに聞きたいことが、いっぱいあります。
タンスに夢と願いを詰め込んで
タンスが完成した。
少年が軽やかな足取りで、大きなリュックを背負っている。
リュックの中には、壮大な夢が詰まっていた。
「海では、ザトウクジラが陽気に鼻歌を歌い、
海藻の森に住まう魚は、喜び、飛び跳ね、
鳥や虫、波も一緒にハーモニーを奏でる。
大地も海も空も、すべては繋がっていて、
空のてっぺんには希望の芽が顔を出す」
そんなイメージで創作しました、とはなてる(hanateru)ちゃんが詩情あふれるメールをくれた。
息子が、逞しくいきいきと人生を歩むためなら、なんだって手伝ってあげよう。そう誓いたくなるような、記念のタンス。
毎日、引き出したり、乱暴に閉じられたリしながらも、色あせることなく日常に溶け込んでいる。
時々少年を指さし、「これ、ボクなんでしょ?」と息子は、ちょっと嬉しそうだ。
そのうち、ふちに足掛け、ジャンプするのかなぁ。
「このタンスは大事なもの!」と鬼の形相で怒ったら、ごめんよ。