連載:子育てエッセイ 坂上みきの「君はどこから来たの?」・4 ここゾという時には、必ずレッドソックスを履く
ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの新連載がスタート!
ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。
この連載は……
結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!
第4回 異国の勝負靴下とゴッドファーザー
息子に『洗礼』を受けさせたいと提案した時、敬虔なカソリックである夫の母はとても喜んでくれた。
幼児洗礼は、「この子も、カソリックの家族の一員になりますよ」という儀式で、いわば日本の「お宮参り」みたいな節目の通過行事と似ていて、親戚や親しい友人たちが、教会に集って祝福してくれる。
生後6か月。ニュージーランドの両親や親戚への初めての顔見世でもある。
まだ歩けもしない小さきものは、いつだって、どこだって、アイドルだ。おばさまたちは、奪い合うように抱き上げ、頬擦りし、「ラブリ~」だの「ビューティフル ボーイ」だの口々に称賛。アジアの血が半分入った顔立ちの珍しさも手伝って、いとこの少年・少女たちも、興味深げに覗き込んだりしている。
人生最大のモテ期か?!
が、礼服に着替えさせようと裸にした時、皆が「ヒィッ!」と押し黙った。注視されていたのは、おしりの割れ目の上にある、我々には昔から馴染の“蒙古斑”だ。
「嫁が虐待している」。痛いほどの疑惑の目の中で、夫が割って入って、「これは、かくかくしかじかこういうもので・・・」と説明すると、安堵の空気が流れ、続いて「へええええ~」とトリビアの瞳をかがやかせるのだった。
が、それもつかの間、今度は、誰かが「腕!」と息子のか細い腕を指さす。と、「ヒッ!」またしても空気が張り詰めた。
「ああ~ん、これはね、B.C.G.」。規則正しくならんだ赤い点点、しかも上下で。そりゃぁ、見慣れなければ、驚くわな。でも、そんな、チクチク、チマチマ、虐待しませんッて。
疑惑も晴れ、さぁ、いよいよ洗礼式が始まる。
教会の天井に近い窓からは陽の光が斜めに差し込み、光の帯を放っていた。それだけで、天使が舞い降りてきそうな、厳かな雰囲気だ。
モザイクの美しいファウンテン(泉)を前に、白い正装の神父様が、祈りを捧げた。そして、夫に抱きかかえられた息子の頭部に、水差しのようなもので、ざざーざざーと水を注ぎかける。
ピッピとオデコに水を垂らす程度だと勝手に想像していたのだが、その分量は結構なもので、まるでシャンプーみたいだ。息子はその間、泣くこともなく、神妙に、大量の水をワシャワシャと浴びていた。
あっという間の儀式だったが、何やら晴れやか。親として、ひとつ何かをしてあげたような誇らしげな気分だった。
大役を終えた息子はというと、髪だけでなく、全身、汗でびっしょり。というのも、南半球の3月、季節は残暑。この暑さの中で、赤いざっくりニットの手編み靴下を、半ば強引に履かされていたからだ。
これにはワケがある。時間を少し巻き戻すと・・・
いよいよ洗礼式という段になって、夫と息子が見当たらない。おやおやどちらへ、と視線を凝らすと光の帯のあたりに、男たちが溜まって談笑していた。叔父のアンクル・ジョン、夫、夫の弟のアンドリューと、彼に抱かれた我が息子の4人だ。
近づいていくと、男たちが一斉に(と言っても、息子は乳幼児なので除く)スーツのモモのあたりをつまみあげて、「どうだ」と言わんばかりに、履いているソックスをこちらに見せつけてきた。全員、赤だった。
タスマニアで過酷な少年時代を過ごしたアンクル・ジョンは、10代で単身、家を飛び出し、ニュージーランドで自分の道を切り開いてきた。どんな生い立ちかは、誰も聞いたことがない。そんな、人には言えぬ苦労をしながら、彼はここゾという時に、必ず赤いソックスを履いて、自分を鼓舞してきたという。
いわば、勝負靴下だ。
その赤は、「いつでも牙をむく用意がある」という彼の気概であり、矜持であり、血潮なのだった。
カソリックには、代父=ゴッドファーザーという役割を担う人がいる。両親に何かあった時の後見人で、洗礼式の折に決められることが多い。
夫にとって、アンクル・ジョンがまさにその人。私たちの結婚式に、妻のアンティ(叔母)・ジョーと連れ立って、腕を組み、2人してサングラスで現れた時には、私の頭の中を♪タラリ リラリラ リラリリラ~♪とゴッドファーザーのテーマが鳴り響いた。シビれるほど、かっこよかった。
自由で、アイロニカルで、一筋縄ではいかなそうなジョンを、夫は心の底から敬愛している。父親とはまた違った距離感で、けど、2人は見えない何かで強く繋がっていた。少しうらやましい関係。
だから夫も、ここゾという時には必ずレッドソックスを履く。
今回の洗礼式を境に、我が息子のゴッドファーザーに任命された末の弟のアンドリューも、その意気を追随し、赤を選んできた。そして、息子の足にも、アンティが手編みで用意した、ざっくりニットの赤いソックスが!ってわけ。
おお、これぞニュージーランド レッドソックス! しっかりと、伝統のバトンは受け取りましたゾ。ささやかな伝承かもしれないが、そこに込められた気骨を、私は妙に気に入った。
2019年、日本でラグビーのワールドカップが開催される。ニュージーランドが誇る世界一のラグビーチーム「オールブラックス」を7歳になった息子と一緒に応援に行くことが、目下の夫のささやかな夢である。
「全部、黒だぜ! オールブラックス!」と、黒ずくめが容易に想像できる観覧席で、2人はパンツの裾から、レッドソックスをちらりと覗かせ、ニヤリとほくそ笑むのだろう。
今は亡き、アンクル・ジョンをしのびながら。