
連載:子育てエッセイ 坂上みきの「君はどこから来たの?」・9 出産前の怒涛の10日間にやったこと
ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの人気連載!
ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。
この連載は……
結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!
カウントダウンが始まった! ~超高齢出産前狂騒曲2

働く女性は、出産予定日のどれくらい前からお休みとるものだろうか?
会社勤めの方は、規定に則って、それに従うということになろうが、私のようにフリーランスの身では、自分の胸ひとつ、「明日から休みます」と言えば休めてしまうので、どこで線を引けばいいのか、しばらく決めかねていた。
初めての出産で、自分の体がどれくらい大変になっていくか先が読めないし、人によってその感じ方も違うだろうし、3か月前? 1か月前? それとも、前日まで働いちゃう?
2か月くらい前になったころだろうか、当時、毎日出演し、ナレーションを担当していた朝のテレビ番組で、
「オリンピックが終わるまでは仕事してくださいよ。速報を下読みなしの初見で読んでいただく場合も多々あるので、慣れてる人でないと、困るんですよね」。
とナレーター冥利に尽きることを言われ、ちょっと嬉しくなって、
「よおし、では、キリがいいので、8月いっぱいまで、働きますね」とハリキリ、ロンドンオリンピックのおかげで、出産予定のギリギリ10日前まで働くことになった。
もちろん、新生児の肌着や、ベビーバギー、レンタルベビーベッドの手配など、ある程度の出産準備は進めてはいたが、あと10日でやるべきことは山のようにある。
なにしろ無垢で無菌の生まれたてがやってくるわけだから、清潔第一。
空気清浄機の購入とハウスクリーニングをポシュレ(番組内の通販コーナー)に発注して、お部屋を徹底的に除菌。その際にエアコンが壊れていることが判明し(エアコン嫌いの私たち夫婦は、どんなに暑くても、エアコンを使うことがなかったので気づかなかった)、その修理の立ち合い。
「赤ちゃん本舗」に出かけていって、沐浴用のベビーバス、ガーゼハンカチ、ベビーシャンプー、ベビークリーム、哺乳瓶、オムツなどリストアップしておいたものをコマコマと、臨月のお腹を突き出しながら、両手に抱えられないくらいの買い物をしたら、腰が痛くなって、マッサージを予約。
妊婦は脚もやたらとむくんで象のようになるので、しっかりと揉みこんでもらわねば。それが終わったら、しばらく美容院にも行けないだろうから、自分の髪を短めにカットしよう。
そういえば、病院では、パジャマではなくネグリジェで、と指定されていた。ネグリジェって自分の人生で着ることがない、と思ってた。けど、どこに売ってんのよ。まさか、シースルーのセクシーネグリジェ? じゃなければ、ネルのこんなダサいのしかないのか! ガッカリ。でも時間ないし、しょうがない、これで行くしかない。そうだ、出産前後の記録は、いいカメラで収めておきたいよね。持ってるデジカメ古いし、思い切って一眼レフ買うか、じゃあビッグカメラ? あ、待て待て、それは明日に回して、今夜は、年末の「第九」の練習があるから、そちらが優先! ふ~。
こんなふうに次から次へと、淀みなくthings to do やるべきことが湧いてくる。
1万人分の1の挫折、1.5人分の有頂天!?

「第九」については、以前から歌ってみたくて、妊婦にも関わらず応募し、8月から週1でホールを使って、歌の合同練習が始まっていた。
出産後1~2回休めば、年末にはなんとか形になるんじゃないの? と、完全に「第九」と「育児」をなめていた。当然だが、出産した途端それどころではなくなり、結局ご辞退させていただいたのだが、1万人分の1だから、何の影響もないっちゃないんだけどね。今振り返れば、「バカ!」としか言いようがない。
これはいつかきっと、リベンジしたいこと。
でも、出産までに3回参加した練習会は、とても有意義?なもので、母がアルトで唸るたびに、お腹の子は激しく反応し、手足を突き出るくらいに高らかと伸ばして見せ、グルグルと回転し、それは、マタニティウェアの上からもはっきりと見て取れ、隣で歌っていた友人が「オオ!」と気づいて、腹にくぎ付けになるくらいだった。
喜んでる。喜んでる。まさに「歓喜の歌」。
うるさい!と怒ってたのかもしれないが、音に強く反応することが嬉しかった。元気な子の証のような気がして。
そして、ラストにもう一つ、生まれる直前にしかできない、マタニティフォトを写真スタジオでプロの写真家に撮ってもらうことも、出産直前に、押し込んだ。
実は、1か月ほど前に、友人に勧められた都心のフォトスタジオで、1度すでに撮影していた。それはそれで、十分立派なお腹になってたし、幸せそうに微笑んでもいて、出来栄えに満足していたのだが、なんでだろう、本当の臨月、もうこれ以上ない、というくらいの臨界点まで達した自分の、最初で最後の姿。もう、私がこのシェイプになることはない、と思うと、愛しいような切ないような、ぎりぎりの不安感も含めて、焼き付けておきたかった。
2度もマタニティフォトを撮る妊婦は、そうそうおりますまい。
息子と一体となっている最後の姿、キミガココニイタンダヨ、という印を残したい、という衝動にかられてなのか、出産予定日の2日前に、電車を乗り継いで、郊外にあるスタジオに出かけていった。
女性スタッフしかいない、こじんまりとしたそのスタジオは、陰影のあるモノクロームが評判で、サンプルとしてフレームに収まっている写真はどれもニュアンスがあって、美しかった。
胸を隠すチューブトップと、お腹はむき出し、下半身にはパレオのような布をまとった状態で、ほの暗いスタジオに案内される。
元来、写真を撮られるのはニガテだ。躊躇していると、女性カメラマンとアシスタントの方が、ポーズも巧みに誘導してくれる。そのうち、「上、取っちゃいます?」となり、「もう、下も、取っちゃいますか?」で、気が付けば、素っ裸で横たわっていた。エエエ、そんなつもり、露ほどもなかったんですけど・・・。
冷静になれば、かなり恥ずかしいが、なかなか面白い体験だった。
途中から写真を撮られてるという感覚がなくなり、極力照明を落とした小さな密室で、瞑想でもしているような気分だった。
上がってきた写真で一番のお気に入りは、お腹だけを大きくクローズアップしたもので、ほのかな光に輪郭が写し出され、それはまるで、真っ暗な宇宙に浮かぶ惑星のようだった。
出産前の怒涛の10日間。
今振り返れば、狂騒曲というよりは、微熱に浮かされて、どこかふわふわしていたような気がする。自分のようで自分でない。1.5人分の熱量がパンパンに膨らんで、何かを突き動かしていた。
もう2度と戻らないあの感覚を、いつまでも体のどこかで記憶していたいなぁ、と思うこの頃である。
