働くママのウェブマガジン

Column 子育てエッセイ

坂上みきの「君はどこから来たの?」・11医者に通って見えてきた、子を持つ親の「本能」【坂上みきの「君はどこから来たの?」】

2017.08.15

ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの人気連載!

ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。

この連載は……

結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!


「魚の目」で見えた!? 都会の片隅のちょっといい話

尋常性疣贅(ジンジョウセイユウゼイ)。

耳慣れない言葉である。子供の「魚の目のようなもの」、をこのように言うのだそうだ。

この夏、息子の右足の親指に「魚の目」が出来た。しばらく様子を見ていたら、じわじわ大きくなってきて、私のネイルファイル(爪やすり)でこすったりなんかしても一向に治る気配がないので、ググったら、9歳以下の子供の場合は、「魚の目」にそっくりだけど、ヒトパピローマウイルス(職業病かもしれないが、こんな聞きなれない、長ったらしい名前を目にすると、必ず3回は、声に出して読んでしまう)が原因のウイルス感染症なのだそう。爪やすりなど、もってのほか!

決してマネをしないでください。

慌てて、近所の皮膚科に駆け込んだ。

4歳は、いろんなことが見えてくる、わかってくるお年頃。病院=痛いところと認識し、病院の入口に近づくと、途端に腰が引け、歩みがノロくなる。

「注射しない?」「しないわよ」
「絶対?」「う~ん、たぶんね」。顔、こわ張る。
「切らなきゃいけない?」「場合によってはね」。血の気、引く。

診察室に続く廊下は、いわゆるこれが「牛歩」ってやつですね?なこれ以上ないくらいの時間をかけ、先生が何度、「こんにちは~」と声をかけてくれても、その姿は見えず。

やっと、椅子に腰かけても、猜疑心に満ち満ち、先生を下からにらみつけ、感じの悪い事この上ない。

テキパキとしたその女医さんは、問診票ですでに確信していたのか、患部をササッと診ただけで、「これ魚の目じゃなくてぇ~」と説明し出したので
グーグルの成果を発揮したくて、すかさず母は「尋常性ナントカですね?」
「あ、そうそう、調べてきたのぉ? お母さん感心。じゃあ、治療法はわかるよね?」
「液体窒素ですね」と言い終わらないうちに、先生の傍らに、治療に必要な分だけの少量の液体窒素が用意され、ドライアイスと同様の白い湯気をあげている。

「何、その白いの? どうすんの、それ! 痛いんでしょ?」と息子は目を大きく開いて、先生に質問攻め。先生は、それをなだめるどころか、「そうよぉ~」とソプラノで歌うように答え、「男の子は、イタミに弱いから、ふふふ、全員大泣きよぉ」と楽しそうに言い放った。

と同時に、長い綿棒のようなものを、患部にジュッと押し当てていた。

「イテ、イテテテテテ」と言いながらも息子は、必死で涙をこらえている。

「痛くないからねぇ」などと、ベビーに接するように適当になだめられていたら、逆に、即、大泣きしていたかもしれない。あまりにも、あっけらかんと、「痛いのよ」と言われたのが功を奏したのか、あるいは「みんな泣くわ」ってところで、負けん気が出たのか、計5回ほどジュッとやられたが、臨界点ギリギリのところで踏ん張って、踏ん張って、涙を目にいっぱいためながらも、持ちこたえた。

「頑張ったじゃな~い」の先生の声に、泣き笑いの表情で応え、骨折したか?くらいの大仰さで足を引きずりながら「痛いけど、すごく頑張ったボク」をアピールして病院を後にした。

子供がじんわり泣きだす、および、今回のように泣く寸前の堪えた顔が、たまらなく好きだ。

大人のように、「ここで泣いたらかっこ悪い」とか、逆に「泣いてみせると効果的かも」といった不純物が1mmもない純度100%は胸を打つ。頭を一度通ってからではない、直接心に訴えるその表情に、白状すると、抱き上げることも忘れて、じーっと見惚れていたことが、何度かある。

01
1歳半の時、RSウィルスで初めての入院。看護師さんが、点滴のための包帯に、トーマスを書いてくれた。

何十年も前に出会った、人生初のかっこいい人

自分の一番幼いころの記憶は、母に連れられ、朝、田舎道を歩きながら町の医院に向かう風景だ。その時の洋服まで記憶している。からし色のコーデュロイのオーバーオールに、茶のオーバーコート、母にしっかりと手を引かれ、半べそかきながら、ノロノロと歩いていた。確か、2歳か3歳のころだ。

昭和30年代当時、我が家では、冬の寒い日、就寝の少し前に豆炭アンカを布団にもぐらせ、温めた布団でぬくぬくと眠るのを習慣としていた。ま、湯たんぽのようなものですね。程よい暖かさがそれはそれは気持ちがよくてね。

豆炭を入れる容器自体は金属でできているので、母お手製の布製カバーをかけていたのだが、いつの間にか蹴とばし、夜中にそれが外れて、金属の部分に直接、脚を乗せる形で、じっくりと時間をかけて低温やけどをしてしまったのだった。朝起きると、左脚のスネにプックリと大きな水ぶくれができ、すわっ、こりゃ、大変! と、町でたった一つの医院に駆け込んだ。

今の息子と全く同じで、私は腰が引けていた。液体窒素などという治療法は、まだ、もちろんなく、大きく膨らんだ水ぶくれは、切られるのが必至、火をみるよりあきらか。3歳の子でもわかる。メスが押し当てられる瞬間の映像も、田園を歩く風景と共にセットで記憶されているので、余程のショックだったのだろう。しかし、不思議と、大泣きしたのか堪えたのか、その「痛みの記憶」はない。

その、町でたったひとつの「O医院」のO先生も、女医さんだった。

髪はキュッとひっつめ、白衣に細身のパンツ。いつだって背筋がシャンと伸び、メガネの奥の瞳は美しく、男装の麗人、あるいは宝塚の男役といった雰囲気を醸し出していた。モダンでいい匂いがして、その辺の大阪のオバちゃんとは、明らかに一線を画していた。

自分のスタイルというものが核としてあり、ブレることは一度もない。私の人生で初めて、「かっこいい人」がカテゴライズされた日だった。そして、声は常に、朗々と明るく、町の老若男女、すべての人が、多大なる信頼を寄せていた。先生も全ての人を、把握していた、に違いない。

そこを砦に、ひとつのコミュニティが存在していた。大病院にはない、個人病院のあって欲しい姿がそこにはあった。

昭和でしかも片田舎のこと、平成の東京では、そんな有り様を求めるのは難しいことなのかもしれないと、思ってきた。

が、かかりつけの小児科U先生は、最初はとっつきにくかったけど、アセモひとつでも折に触れ伺っているうちに、息子のことも把握し、理解し、先日、気管支炎を抱えながらサマーキャンプに参加した折には、心配して、先生の方から、電話をくださった。

かかりつけの歯医者さんもそう。若くて、最初はビジネスライクなのかな、と感じていたけれど、虫歯チェックで1か月に1度、定期的に通っているうちに、息子はすっかり先生と友達気分で、治療台に上って大きく口を開いているのに、「しぇんしぇい、しょれしゃぁ、ふぁんほひはい(先生、それさぁ、なんの機械)?」などとお喋りしだし、先生も丁寧に答えてくれたりする。

都心も平成も、捨てたもんじゃない。

近所のお医者さんは、どんなに都心でも、顔を合わせれば、会釈もするし、何度も会えば、そのお人柄が見えてくる。

大人だけで生活している時は、できるだけ、ドライなほうがお互いストレスのないスムースな人間関係が築けるよね、と思ってきた。が、子供のいる生活では、ましてや一人っ子の場合は、どなたが、いつ、この子を助けてくださるかもしれないし、と、人肌でのコミュニケーションをとれる人とは、とろうとしている自分がいる。見守ってくれている人が多いに越したことはないもの。

それは、きれいごとの「絆」などというものではなく、人として、親として、「本能」からくるのではないか、と思う今日この頃の母なのである。

re_02
歯医者さんにて、治療中。「イテテテ」と言いながらも、結構、お喋りしている。
web_miki001

坂上みき(さかじょう・みき)

ナレーター、イベント司会、ラジオパーソナリティを務める傍ら、映画コラムやエッセイを執筆。東京マラソンでは、自己ベスト3時間58分で完走。
2006年に12歳下のニュージーランド人と結婚、2012年に男児出産。
現在は、日本テレビ「暇人ラヂオ」に出演、ラジオ日本「坂上みきのエンタメgo!go!」ではパーソナリティを務めるなどして活躍中。
「最近インスタを始めました! 子どもの撮った写真をアップしていきますので、ぜひフォローしてくださいね!」 @mikisakajo

こちらも読んで!「君はどこから来たの?」バックナンバー
子育ては「追憶の旅」です
出産前の怒涛の10日間にやったこと
「53歳 超高齢出産!」の文字が踊った、あの夏のこと
バイリンガル? いえいえ、そうもいかないんですよ
親子の映画はレンタルで、にこだわる理由
夫と子供をその場において、私は、ミラノの街に逃げた
ここゾという時には、必ずレッドソックスを履く
あの日、母はなにも言わなかった
ハッと気づいた、息子の言葉の意味すること

「君はどこから来たの?」連載一覧