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Column 子育てエッセイ

坂上みきの「君はどこから来たの?」・15子供が欲しい、と強く願ったあの日々のこと【坂上みきの「君はどこから来たの?」】

2017.09.25

ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの人気連載!

ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。

この連載は……

結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!


子供が欲しい、気持ち。

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そもそも、どうして、子供が欲しい!と強く願うようになったのだろう?

20代、30代と、がむしゃらに仕事を続けてきて、ふと、立ち止待った時に「ああ、このまま子を持たない人生なのかなぁ。少し、淋しいかもしれないな」と思うことが多々あった。いや、立ち止まった時どころか、正直なところ、毎日のように反芻するほど思いつめた時期もあった。

それは大概、朝の起き抜けの時間で、夜遅くに、あまりにも疲れ果てソファで眠ってしまうことが多く、ハッと、朝、目が覚め、その自堕落ぶりに激しく落ち込むとともに、「はぁ、またしても一人で眠って、一人で起きる私、って、これでいいのだろうか」と、白い麻のソファカバーをぼんやり見つめながら、自問がデジャヴのように毎日続く状態である。

そんな折だったろうか? 地方に仕事で出かけ、ホテルの部屋で、早朝、何気なくつけたテレビ番組に、ちょこんとお座布団に座った、かなりご高齢とお見受けする尼僧さまが映っておられた。

ローカル番組だったのかな、その地方の尼寺でインタビューされている様子で、法衣や背景の庭、建具のしつらえから、高僧でいらっしゃるのが見て取れる。剃髪した頭も、顔もツヤツヤで柔らかそう。男性や女性といった性をも超越し、俗世間と隔絶された暮らしが、かくも柔和で美しい表情を作るのか、と感心しながらベッドの中で眺めていた。

最後の質問として、インタビュアーが、「やり残したことは、ございませんか?」というようなことを尋ねると、「う~ん」と少し考えてから、「そうやねぇ、どなたかと暮らして、子供がいる、という生活をしてみたかったかもしれませんなぁ。今となっては、かないませんがなぁ」と、それはそれは柔和なお顔で、可愛らしくお答えになったのだ。

「エッ!」ビックリして起き上がった。そんなところとは、別の世界にいらして、まさか、自分と同じような思いを持ち合わせていらっしゃるとは……そんな人間臭い答えが返ってくるとは……思いもよらなかったからだ。

なんだぁ。一緒じゃん、と嬉しくなったわけでは、もちろんない。普遍の営みの意味の大きさが、その時、私の中でズシリと重くのしかかってしまった、という感じだろうか。

もともと、子供は好きだった。小さい子のいる友人宅に行っても、大人たちと会話するより、子供と遊んでいるほうが楽しかったし、自分でいられる。

あまりにも頻繁に仲良く遊んだお嬢ちゃんは、学校で先生に「お友達の名前をかきましょう」と促され、「あなたの名前を筆頭に挙げたのよ」、と笑いながらママから報告を受けた際には、私は母になることに向いているのではないか、と満更でもなかったのだが……。

何しろ、相手がなかなか見つからなかったのだから、いたしかたがない。

だから夫と出会って、間もないころ、これは最後のチャンス!とばかりに、(決して肉食系ではなく、意外にグイグイ行くのは恥ずかしい私なのだが)、ストレートに、強く、でもどこかでビクつきながら「子供が欲しいのだけれど、協力してもらえませんか?」とお願いしてみた。

「いいよ」。文化の違いなのか、彼の性分なのか、驚くほどあっさりと承諾してくれ、拍子抜けだったが、そこから、私たちの、険しく長い道のりの、不妊治療が始まった。

「母性」でも「意地」でもなく、ただ突き動かされて…

年齢的に、半ば、諦めからのスタートだったので、始めはうまくいかなくても、「ま、しょうがないか、ダメなら、諦めるしかないもん」と比較的、余裕だった。

が、続けていくうちに、終わり時、終わらせ時が、見えないことの苦しさに悶々とするようになる。

いくつかの専門の病院を渡り歩いて、まず思うことは、こんなにもたくさんの人が、不妊治療に来ているということ。

芋の子を洗う、といった表現がまさにピッタリのところもあるし、予約制で整然とはしているが、スーツの女性たちが英字新聞や日経新聞を広げていたりすると、「キャリアを積むためにこれまで頑張って頑張って、子供を産む機会を先延ばしにしてしまったのよ」という心の声が、そこからも、ここからも、聞こえてきて、切実な空気がピンと張りつめている。

芋の子を、と表現した病院で座る席もなく、立って順番を待っている時に、むんずと腕を掴まれた。仕事で会ったことのある、顔見知りの女性だった。

「お茶でもしませんか?」と誘われ、行った近くのカフェで、自ずと治療の話になり、バリバリと仕事をこなしサバサバとした男勝りな姿からは想像できないくらい、目にいっぱい涙を溜めて、彼女は今にも崩れそうな表情を見せながら「終わりが見えなくて、ツライんです」と吐露した。

私よりも10歳も若いけれど、皮肉なことに、若いがゆえに諦めがつかないし、果てしなく続くかと思うと、途方に暮れる、その気持ちはわかりすぎるくらいわかり、ただ、ただ、頷くしかなかった。

が、ほどなくして彼女はご懐妊。オメデトウ。心の底からそう言える。けど、「若いものなぁ」と少し卑屈になったり、羨ましかったり。他にも、病院を紹介してあげた年下の友人たちが、次々、ご懐妊。

その度に、「私は、諦めた」と、しばらく病院に行くのをやめるのだが、しばらくすると、また、「いや、もう1回」と、ムクムクと気持ちが湧いてくる。

まるでもぐら叩きのように、叩いても叩いても、押し込めても押し込めても、湧いてくる感情の正体は一体何なんだろう?

「母性」というのとも少し違う。ましてや「意地」なんかで続ける類のことでは決してない。なのに、抗っても抗っても、もたげてくる。自分の奥底の深いところの何かに突き動かされているようなこの感じを、頭で整理して、こういうことなんです、とお伝え出来たら、どんなに、スッキリすることだろう。

代理母論争がたけなわのころ、有識者の男性が「そんなにまでして子供がほしいですかねぇ」と言い放った時、「男性だからわからないのかなぁ」と、私はテレビ観ながら呟いたものだったが、すぐさま、ある女性の有識者も「本当ですよね」とそれに同調していて、「へぇ」と驚いた。

すべての女性が、子供を欲しいと願っているとは限らない。実際、私の近しい友人で、20代で結婚して、「子供を作らない」と決め、ずーっと、仲良く、2人で趣味に興じている夫婦がいる。

私は、独身時代が長かった。
夫婦2人の生活もそこそこ経験した。
どの気持ちもわかる、なんて偉そうなことは言うつもりはありません。

けど、女の生き方として、どの選択も間違いではないし、「正解」という明確な答えが出るものでもない。私は私。奥底の何かを突き動かすもの、あるいは、こっちへ行こうとしても、行こうとしても引き戻されるものには、従うしかないのです。それは「必然」だったと、とらえればいい。

独身で、随分一緒に遊んだ同い年の女友達に、「子供が出来た」と告げた際に、「あんたは、何でまた、いばらの道を選ぶかねぇ」と呆れながら言われたことがある。彼女なりの愛情表現なのだろうが、「神様がくれた、修行だわね」とも。

確かに、子育てはハードである。高齢で産んだからって、冷静にすべての物事に対処できるほど人間が出来ているわけではない。喜怒哀楽、むき出しの感情がバッティングセンターの球のように待ったなしでやってくることに、夫婦してほとほと疲れて、ギスギスすることもある。

でも、愛おしい。

私たち夫婦にとって、息子は必然で、
私たち夫婦にとって、意味のあることなのだ。
それで、じゅうぶん。

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坂上みき(さかじょう・みき)

ナレーター、イベント司会、ラジオパーソナリティを務める傍ら、映画コラムやエッセイを執筆。東京マラソンでは、自己ベスト3時間58分で完走。
2006年に12歳下のニュージーランド人と結婚、2012年に男児出産。
現在は、日本テレビ「暇人ラヂオ」に出演、ラジオ日本「坂上みきのエンタメgo!go!」ではパーソナリティを務めるなどして活躍中。
「最近インスタを始めました! 子どもの撮った写真をアップしていきますので、ぜひフォローしてくださいね!」 @mikisakajo

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