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Column 子育てエッセイ

坂上みきの「君はどこから来たの?」・24雪の日。息子と離れて過ごした夜のこと【坂上みきの「君はどこから来たの?」】

2018.02.01

ラジオパーソナリティ・坂上みきさんの人気連載!

ひょんなことからニュージーランドの男性と出会い、
紆余曲折を経て、息子が生まれた!
日々雑事に追われつつ、その感慨をかみしめる新米ママの
一喜一憂を大公開。

この連載は……

結婚後、大きな決心をして、子どもを授かるに至ったラジオパーソナリティ・坂上みきさんが、一人息子との触れ合いや友人たちとの会話を通して遭遇するさまざまな感情をストレートに伝えていきます!


雪の日、眠っていた野生が呼び覚まされる!

20180201-2

東京が、久しぶりに大雪に見舞われた。

夕方からしんしんと降り積もり、保育園の送り迎え時には、あたり一面真っ白。息子のために長靴とマフラーを用意して、ゆるゆるそろそろと、用心深く坂道を下りながら、お迎えに出かけた。

車はほとんど通らない。街灯やコンビニの光に照らされて、いつもの夜より、ポワッと白くほの明るい。わぉ、幻想的。おとなだって、こんなにワクワクするのに、子供は何をかいわんや、である。

保育園の門を出るなり、半地下にある部屋から見えなかった雪景色に、「ひょえ~」と奇声を発し、雪の中に転げんばかりに突進していった。

踏みしめ、蹴って、足でその感触を楽しみ、触って、握り潰して、丸めてぶつけて、手で存分に、もてあそぶ。あげく道路に大の字に寝っ転がり、「おおおー」とオオカミのように雄たけびをあげた。

犬は喜び、庭かけまわり。犬と子供は、まるで一緒だな。どんなに都会で育っていても、自然を前にした時の、子供の衝動、眠っていた野生が呼び覚まされるような瞬間を見ているのは、愉快だ。

テレビのニュースでは「4年ぶりの大雪」と連呼している。

そうだった。4年前、1歳半の息子に“初めての雪”を見せたくて、公園で長時間遊ばせてしまい、そのせいかどうか、夕方になって四十度の高熱を出し、救急病院に駆け込んで、検査の結果、RSウィルスだと診断された。
「このまま入院ですね」
「ええっ、入院?! 付き添えますか?」
「いえ、夜はお子さんだけで、過ごしていいただきます」」

検査の際に、すでに胸がちぎれるような思いをした。

肺炎を懸念してか、「X線室」に誘導されると、プロテクターが装着され、小児用の小さな台に、動物実験か何かのように、がっちりゴムベルトで固定された。一体、何かはじまるというのか。周囲の慌ただしい様子に、息子は不安でいっぱい。すでにありったけの力を振り絞って、わぁわぁ泣いている。

「お父さん、お母さんは、外でお待ちください」
 父と母が、去っていく姿を目で追いながら、さらに音量が増す。

泣き叫ぶ声を背中で聴きながら、ああ、いたたまれない。

ドアの向こうで待ちながら、姿は見えねど、泣き声は続く。「あああ」と声を漏らして嘆息したのは、長い人生で初めてのことだったかもしれない。たった数十秒が、どれだけ長く感じられたことか。

さらに別の診療室で、点滴のため、小さな手の甲に針を突き刺され、またしてもわわぉんわぉんと泣き、暴れた。腕を包帯でぐるぐる巻きにされ、チューブとつながった姿で出てきた頃には、疲れ果て、息子の涙は枯れていた。

新米ハハの最大の試練とは?

しかし、試練はまだ続く。
生まれてからずっと、母が側にいない夜などなかった。
オッパイを含まずに、眠る夜などなかった。

まだ、ろくに喋れもしない息子に向かって、「パパとママは帰ってしまうけれど、優しいお姉さんがいっぱいいるでしょ?」と目の前のナースステーションを指さす。

「すぐに、来てくれるから、ここにいるほうがずっと安心なんだよ、じゃあね」と離れようとするも、病室のベビーベッドの柵に手をかけ、愛玩犬のように涙目でうるると訴えられたら、看護師さんに「大丈夫ですから」と再三再四促されても、帰れやしない。夫と二人、小さな体をさすり続け、ようやく眠りについたのを見届け、断腸の思いで病室を後にした。とっくに午前0時を回っていた。

家に着くと、虚しさと、淋しさと、せつなさ(歌のタイトルみたいですが)が押し寄せてきて、たまらん。母にしても、産んでからずっと、息子がいない夜など、なかったのだから。

生死を彷徨う大病でもないのに、何を大げさな、と笑われるかもしれないが、新米の親など、そんなものだ。夫は今でも、あの日が一番辛かったという。

落ち着いてから気づいたのだが、同室の同じRSウィルスのお子さんは、6ヶ月にも満たない赤ちゃんだった。カーテンがひかれたその向こうで、若くてキレイなお母さんは、物音ひとつ立てず、いつも静かに見守っていた。

カーテンの隙間から垣間見えた赤ちゃんは、小児用ベッドでさえも巨大に思えるほど小さくて、中央にコロンと横たわって眠っていた。「うっ! 小さい!」なんとも心許ないことだろう。胸が痛む。それに比べりゃ、やっぱ、うちは少々大げさでしたかな?

入院中に、その年2度目の大雪が降った。

消灯まで付き添って、病院の玄関に降りて初めて、積雪量の多さに面食らう。

タクシーは出払って1台もない。歩くには、遠すぎる。途方に暮れていると、相前後して出てきた、同室のお母さんが声をかけてくれた。
「主人が車で迎えに来てくれるので、乗って行かれませんか?」
「わ、有難いです」と、遠慮のかけらもなく飛びついた。
ご主人の車を待つ間、外のベンチで降り積もる雪を眺めながら、2人で話した。

「いつも、ずーっと息子さんに話しかけていらっしゃいますね」
「あ、うるさかったですか?」
「いえいえ、なんだかその声が心地よくて、聴いちゃいます。ふふふ」
「エヘヘ、一応、声を出す仕事だったりするもので」
「あら、存じませんで、すみません」
「いえいえ、知らないで『心地よい』と言っていただけるほうが、余程うれしいものですよ」

そんなたわいもないことだけど、仕事をしながらの看病通いにほとほと疲れていた体に、言葉がじゅわっと沁みていく。うんと若い奥さんなのに、お姉さんのような包容力だった。あるいは、同じ病気の子を持つ母として、多くを語らなくてもシンパシーが感じられる、同志のような。「RS友」?

まだ降り続く雪に、ふと、プラハのカレル橋の光景を思い出した。

ヨーロッパを一人で旅していた時のことだ。

プラハの旧市街からカレル橋にさしかかるころ、大粒の雪が降り出し、アーチ状の橋も、欄干に並ぶ聖人たちの石の彫像も、みるみる雪に覆われた。

止まったようにゆっくり下を流れるヴァルダヴァ(モルダウ)川、その向こうにはプラハ城。世界が突然モノクロームになった。その美しさに、歩きながら涙が止まらない。頭の中を巡る音楽は、もちろんスメタナの「モルダウ」だ。

旅を続けて3ヶ月、疲れもピークに達し、感情が高ぶりやすく、涙腺も緩みがちだったかもしれない。そんな折には、面白いもので、図ったように同じように一人旅する人が、必ず声をかけてくれ、寄り添ってくれた。

その時もオーストラリア人のバックパッカーの女の子が、なんとなく話しかけ、城を一緒に散策し、なんとなく別れていった。が、それで十分にリセットされる。人の情けが身に染みる。時には弱ってみるのも、悪くない。

たかだか1週間の入院だったけれど、退院の際には、看護師さんたちが、総出で見送ってくださった。手の包帯に機関車トーマスの絵を描いてもらったり、病院食を膝の上で食べさせてもらったり、特に馴染んだ看護師さんとは離れがたいようで、ちぎれんばかりの手を振ってお別れしていた。

やっぱり、子供は弱らないで、元気でいるのが一番だ。情けを学ぶのは、もっと後になってからでいい。病院の駐車場の雪を見て、「わー」と力強く駆けていった息子の姿を見て、よしよし、と頷いた。

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坂上みき(さかじょう・みき)

ナレーター、イベント司会、ラジオパーソナリティを務める傍ら、映画コラムやエッセイを執筆。東京マラソンでは、自己ベスト3時間58分で完走。
2006年に12歳下のニュージーランド人と結婚、2012年に男児出産。
現在は、日本テレビ「暇人ラヂオ」に出演、ラジオ日本「坂上みきのエンタメgo!go!」ではパーソナリティを務めるなどして活躍中。
「最近インスタを始めました! 子どもの撮った写真をアップしていきますので、ぜひフォローしてくださいね!」 @mikisakajo

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