オーガニック農業+ヨガで、子育て生活がパワーアップ!【「マイ・エシカル」でいこう ・4】
第4回 人の縁と自然の恵みに支えられたエシカルライフ
「仕込む時に、子どもたちがよくつまみ食いするんですよ(笑)。すごく味のいい大豆だから」
鈴木朱美さんが自宅の押し入れの引き戸を開けると、埼玉特産の在来種の大豆「青山在来」を自家栽培して仕込んだ味噌の樽がいくつも並んでいました。
朱美さんは他にも、ドクダミを焼酎に浸けて作った虫よけ剤や、近所の人からおすそ分けでもらった梅の実を使ったシロップや梅干しなど、手作りの食べ物や日用品を見せてくれました。その材料は、自分で育てたものや、顔の見える関係の中で得たものです。
東京都出身の朱美さんは、夫の智久さんと結婚してから埼玉県比企郡に暮らし、有機農業とヨガ講師をして暮らしています。前回記事では、夫妻で営む農業や暮らしについてご紹介しました。今の生活は、地域の人たちとのつながりや、両親、師、先輩、仲間たちからもらった多くのものから成り立っていると朱美さんは言います。
ヨガと有機農業との出会い
小さい頃からダンスが大好きだったという朱美さん。ダンスに熱中することで、それまで退屈だと思っていた学校生活にも意味を見出せたといいます。ダンサーになることしか考えていませんでしたが、20歳の時に母親が病気を患い、なんとなくダンスから離れてしまいました。
大学卒業後、医療事務員の仕事を経て、好きだったファッションの世界でアパレルの店員として職を得ました。けれど、一見華やかなその仕事は朱美さんにとって、10代の頃から抱いてきた疑問(前回記事参照)をより強くするものでした。店頭でめまぐるしく入れ替わっていく商品。季節や流行が終われば、どんな高級品もただの“モノ”としてバックヤードに押し込まれるのを目の当たりにしたのです。
何かに熱中する感覚や生活を取り戻したいと思い続けていた朱美さんがそんな時に出会ったのが、以前からずっと気になっていたヨガでした。
「一度体験したら、迷いなく『これだ!』と感じられました。日常に特別な変化はなくとも、ヨガの練習の後は身も心も軽くなって、清々しい気分になる。その感覚を今でも覚えています」
それからは毎日のようにスタジオに通い、その後カナダに留学した際はヨガセンターに滞在。自分がどう生きたいのか、朱美さんはここで気づくことになります。帰国後、日本の有機農業の第一人者である金子美登さんが営む「霜里農場」の門を叩きました。住み込みで一年あまり研修を受け、技術を超えた多くのことを教わったといいます。
「金子さんは、隣町にある豆腐店や、地元で長年続いている酒蔵、有機野菜を使っているカフェなどに大豆や野菜を卸したり、朝市やマルシェをやったりと、地域内でたくさんのつながりを持っています。自分だけで完結してしまったら社会は変わらない、手を取り合ってやりなさい、ということを、生活をとおして教えてもらいました」
心身が健康だからできる、持続可能な農業
結婚前にヨガ指導者の資格を取得した朱美さんは、埼玉に住んでからも自主練習を続け、クラスも持っていました。東京時代の友人のSNSを通じて現在の師に巡り合ったのは、2018年のこと。南インド出身の古典ヨガの師の言葉は、家族間で悩み事を抱えていた当時の朱美さんの心に響いたといいます。
「重要なことは、昨日まで、今この瞬間までがどうであったかではない。今この瞬間から、この先自分がどうありたいかである」
この言葉に導かれ、師の下でヨガを学ぶことにしました。
「ヨガは日常に生きるものだと師は言います。マットの上で行うためだけにあるのではなく、家庭の中で心から笑顔で過ごし、自分の役割を果たすためにあるのだと。まずは自分のマインドを穏やかに保つ。それが家庭内の調和につながることを、私は体験しています。頭が忙しいと、本当はそんなに疲れてないのに身体も疲れた気になりませんか? ヨガで頭をクリアにする術を学ぶと、夜になるとヘトヘト、っていうのがなくなりますよ 。続けていくことで感情が落ち着き、毎日の家事、育児、仕事 、農作業などを笑顔でやり切れるようになりました」
持続可能な農業を実現するためには、有機農業などの技術だけでなく、心身が健康で家族の和が保たれていることも大切だと、朱美さんは考えています。
毎日自然に触れ、「楽しい!!」を感じる
5年前から借りている7DKの家は、長年空き家だったため傷みが激しく、床の張り替えや壁の塗装、薪ストーブの設置など、少しずつ修繕しながら住んでいます。
「広過ぎちゃって手に負えないくらいだけど、子どもは思い切り遊べるからありがたいですね」
敷地内を駆け回り、近所の田畑や川など自然の中で遊ぶことも多い2人の娘。長女は毎日40分歩いて小学校に通っています。娘たちには、思考も肉体も健康に保ち、毎日たくさんの「楽しい!!」を感じてほしいと願う朱美さん。ここでの暮らしを通して「見えないところに気づきを持てるようになってほしい」と話します。
「ただ好きなものを買って好きに食べるんじゃなくて、いつ何が採れるとか、誰がどんなふうに作ったかとか、その向こう側にあるものを感じられるようになってほしいな。将来ここを離れて都会で暮らすことになっても、自然に寄り添って生きるのが本来の人間の営みであるという視点から物事を見られるようになるといいですね」
人と比べない人生。自分の道を探ってみる
モノと情報にあふれた都会では、人と意見が違うことに敏感になったり、能力や容姿、職業、経済状態、あるいは生まれ育ちや子どもの教育などを他人と比べたりして、ネガティブな感情を持ってしまう人も少なくありません。朱美さんも学生の頃、人が楽しいと思うことと、自分が楽しいことは違うのだと気づいたそうです。
「でも、一人一人が違うのは自然なこと。自分がいいと思う道を探ろうと思いました。たとえば、隣に座っている人が高価そうなバッグを持っている。でも、わたしの生活にはそれは必要ないんです。資源に限りがあるように、命にも限りがあります。それを、他人と自分を比べる時間に使うのか、それとも、自分はこんなふうに生きたい、世の中がこうなってほしいと願うことを実現させるために使うのか。『99枚のコインをすでに持っているのに、1枚足りないコインを欲するために生きる人生を、いつまで続けるのか?』というのが、師の教えです」
日本語にも「足るを知る」という言葉があります。持たないものに執着せず、周囲の人たちから授かったものや、自然の恵みなど、持っているものを大切にし、楽しむ。そんなふうに自分が生きる姿を見せることで、娘たちも何かを感じてくれたら嬉しいと、朱美さんは語りました。