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藤田あみいの「懺悔日記」・23「助けて助けて」と頭が悲鳴をあげていた【懺悔日記・23】

2017.04.21

妊娠出産を経て、深刻な産後うつに。
三年の月日をかけてようやく母親になった、わたしの懺悔の日記。

この連載は……

出産後、ある時期から深刻な産後うつ状態になったイラストレーター・藤田あみいさんが、娘のてーたんを育てながら3年間にわたる気持ちの揺れを克明に綴った日々の記録「懺悔日記」。その内容を、少しずつ公開していきます。


第23回 1歳おめでとう

23

2014年11月22日

依然として不安だったわたしは、お義母さんと電話している最中に不安を漏らしてしまい、ボロボロ泣いてしまった。

お義母さんは「あみいちゃん、うちにきたらええやん」と言ってくれた。

夫は仕事で忙しく、やはり一人でてーたんをみているのが辛かったので、すぐに「行く」と返事をしてその日のうちに三重へ向かった。

行く時は夫も一緒についてきてくれた。

三重に着くと、夫のお姉ちゃんと、お兄ちゃんのお嫁さんも来ていて、みんなで「こたろうも二歳過ぎまで逆さバイバイだったわ〜そういえば〜一回褒めたらずっとやってたの」という話をきいて、なんだか肩の力がドッと抜けたような気がした。

また、お義父さんお義母さんに抱かれると、てーたんはめちゃくちゃに泣いていた。

これ、これはもしかして人見知りなのでは!? と思った。なんだかいままで色々悩んでいたことが一気にぶっ飛びそうな気持ちになった。

「あみいちゃんがここにおってすこしでも楽になるなら、いつまでもここに居なね。辛くなったら、帰ってもいいから。何にも気にしなくていいの、もう家族なんだからね。」と言ってくれた。

わたしはこんなダメな人間なのに、あまりにも優しい義母。お言葉に甘えて、みんなのいるところでてーたんと二人、いさせてもらうことにした(夫は東京に帰った)。

それからしばらく居させてもらったが、本当に家事も育児も何もできなくて、お義母さんもびっくりしたと思う。自分でも、こんなになにもできないとはと驚いた。

知らず知らずのうちに完全に鬱状態に陥っていた。

夫の実家にいる間、お義姉ちゃんがショッピングモールにつれていってくれたり、お義母さんがいろいろなところに気晴らしに連れて行ってくれたりしたが、やはり良かったのは初日だけで、次の日からまた鬱状態になっていた。

ショッピングモールで買い物をしている他の子どもとお母さんを見て、何て幸せそうなんだろう、と思った。ただ普通に暮らしている人が羨ましかった。

突然泣き出してしまう嫁を、お義母さんは「あみいちゃん、大丈夫」といって、我が子のように背中をさすって抱きしめてくれた。

わたしはこの人になんとしても恩返しをしようと考えるようになった。

2014年12月6日

仕事の関係でどうしても東京に戻らなければならなかったので、てーたんと二人、一時的に東京に戻った。

新幹線で二人きりはとても緊張したが、お弁当をちょっぴり食べさせたりしてなんとかしのいだ。

同時に、この東京滞在中にてーたんは一歳になった。東京で夫と妹のナタリーと共にお祝いをすることにしたのだった。

わたしは、この日だけは、この日だけは元のわたしに戻ろうと頑張った。

なんの不安も忘れて、ただ愛でればいい。そう思うように頑張った。

頑張らないとそんなことすらできない状態だった。

愛おしい我が子は今日をもって1歳になった。

出産した時のビデオを見てみたが、本当に大きくなったものだと感動せずにはいられない。

まだヨタヨタだが、つかまり歩きをし、なんとなく「こで(これ)」としゃべるようになってきている。成長目覚ましい中、わたしはまだまだ混乱している。

何をそんなに怖がっているのか、そんなこともわからない。

ただひたすらに「助けて助けて」と頭が悲鳴をあげていた。でも今日だけは忘れて、「てーたんおめでとう」と心から祝福をあげるのだった。

2014年12月8日

もう一つ大事なイベントとして1歳児検診というものがあった。

これは自治体によっては必須だそうだが、三鷹市では任意で行われる。娘の発達に不安があるわたしは、当然申し込みをし、参加をした。

かかりつけの医者は、いつもの検診の部屋に見知らぬ女性を連れてきた。

これが保健師の永坂さんとの出会いだった。

「あなたがあまりにも心配をするから、保健師さんを連れてきたんだよ」と先生は言った。

保健師さんの登場にとてもびっくりしてしまった私であったが、一歳児検診は滞りなくすすんでいった。

内容は先日釧路で行ったクリニックとだいたい同じであった。

そして先生は言った。「大丈夫よ、とても順調に成長してます」と。「他に質問は?」と聞かれた。

「ええと、たくさんありすぎて…」というと、「じゃああとは保健師さんに聞いて」と言って先生は部屋から出て行ってしまった。

保健師さんは控えめに「永坂です」と挨拶をしてくれた。「これから困ったことがあったらいつでも電話してね。」と言って名刺をわたしてくれた。

(次号に続く)

これまでの連載
第1回「私は生命を生み出してしまったのだと。ことの重大さに気づいた」
第6回「お腹の中でお星様になった子のこと」
第7回「どーでもいい細かいことがいちいち気になってしまう」
第15回「知らないおばさんに「子どもは希望」と言われて、泣きそうになる」
第16回「自閉症。発達障害。検索結果が頭の中から消えてくれない」
第17回「ごめんね、ごめんね、どうしてこんな母親なんだろう」
第18回「障害や病気は医者が見つけるから、お母さんはこの子を可愛がってあげて」
第19回「強いお母さんになりたい。不安で震えが止まらない」
第20回「インターネットから得た余計な知識。どれも燃やして捨てたい」
第21回「これは母親の勘なのか、それとも私が異常なのか」
第22回「悲しいことにわたしは、娘を色々と試すようになっていた」
第23回「ただひたすらに「助けて助けて」と頭が悲鳴をあげていた」
第24回「この子に何か問題があってもいいじゃないか」
第25回「断乳した翌日、信じられないことが起きた」
「懺悔日記」連載一覧

藤田あみい

イラストレーター・デザイナー・エッセイスト。
「無印良品の家」のウェブサイトで「ぜんぶ無印良品で暮らしています~三鷹の家大使の住まいレポート~」を執筆中。
2016年に同タイトルの本を出版。現在韓国語・台湾語に訳され、幅広い層の人へ向けて発信を行っている。
趣味はショッピング。夫と娘が生き甲斐。

「懺悔日記」読者へのメッセージ

妊娠・出産を得て、わたしは強迫性障害という病気になってしまいました。
強迫性障害を簡単に言うと「潔癖性」というようなものがわかりやすいと思います。
私の場合は潔癖ではなく、「『娘に障害があるのでは』という強迫観念が浮かんでくる。」というのが症状です。
愛する子どもを育てていて、一瞬でも「この子に何かあったら」と不安を感じる人は少なくないと思います。
このブログはそんな気持ちのドツボにはまってしまった私の懺悔の日記です。
「ありのままを受け入れる」そこに至ることが難しい人に向けて、少しでも気が軽くなればいいなと思い書き連ねています。
藤田あみい

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