働くママのウェブマガジン

Mama子育てママを元気にするコラム&トピックス

藤田あみいの「懺悔日記」・48私が発達障害を抱えているとしても、何も変わらないのではないか【懺悔日記・48】

2017.07.18

妊娠出産を経て、深刻な産後うつに。
三年の月日をかけてようやく母親になった、わたしの懺悔の日記。

この連載は……

出産後、ある時期から深刻な産後うつ状態になったイラストレーター・藤田あみいさんが、娘のてーたんを育てながら3年間にわたる気持ちの揺れを克明に綴った日々の記録「懺悔日記」。その内容を、少しずつ公開していきます。


第48回 入院二日目

48

2016年10月19日 

入院二日目。朝から採血のため6時にいったん起こされる。昨日は興奮のあまりか微熱があったが、今朝には元どおりの体温になっていた。

朝ごはん。朝からたっぷりめの白米。ホールにて大勢で食べる食事はなんだか緊張感が漂っていて、さっさとこの場を後にしたくなる。

今日は認知行動療法のカウンセリングの日なので、外出届を提出し、夫に車で迎えに来てもらった。妹も同乗していた。1日ぶりなのに久しぶりのような我が家。そこに娘の姿はない。すでに登園したあとなのだ。昨日はどれだけ寂しかっただろうか。

カウンセリングに行った先で、家出をしたこと、心理検査をすすめられたこと、入院したことなど、たくさんの事柄を先生に告げる。今日は強迫性障害のアプローチをしようと思っていたそうだが、不安の対象である娘と離れたことによってこれは実現しなかった。

その代わりに色々な反証を先生と考えた。

娘が耳ふさぎをする→聴覚過敏なのかな?→即発達障害に結びつく→発達障害だとしたら、娘は幸せに生きていけるのかな?

こんなプロセスで私の不安は生まれている。

「娘は幸せに生きていけないのかな?」に対する反証は、以下。

・もしそうだとしても、娘は必ずや幸せに生きていけるだろう
・そもそも客観的に見て誰もが娘を発達障害だと言っていない
・もう十分悩んだ。もういいじゃん。

こんなところだ。

曖昧さを受け入れる。これが今の私にはとっても難しい。
こと、愛しき子供のこととなると、早急に答えを出したくなる。

そして自分のことも。

しかし思うのが、もし私が発達障害を抱えているのだとしても、何も変わらないのではないか。

もしもそうだとしても、私は今まで生きてこられた。
大変なことも多かったが、なんとかやってこられたじゃないか。
きっと娘にもそれができる。

困った時は手を差し伸べる。
楽しい時には大きな声で笑う。
悲しい時は寄り添ってただ一緒に涙を流せばいいのではないだろうか。

これさえできれば、私はまっとうな母親なんじゃないだろうか。

(次号に続く)

これまでの連載
第1回「私は生命を生み出してしまったのだと。ことの重大さに気づいた」
第40回「もう終わらせたかった。なにもかもを終わらせて、消えたかった」
第41回「ちょっとだけ話をしたい」と言いながら、子どもみたいに泣いた」
第42回「元気に見える人たちも、なんらか心に葛藤を抱えている」
第43回「愛情という文字を見た瞬間に、わたしは大きな声を上げて泣いていた」
第44回「「自分を責める必要はない」というのはわかったが、やっぱり辛いのだ」
第45回「娘を見ているのがつらいなんて変だ。私は家を出ることにした」
第46回「布団に入っても、夫の言葉が頭の中を巡った」
第47回「自分に発達障害の可能性があるとは、夢にも思わなかった」
第48回「私が発達障害を抱えているとしても、何も変わらないのではないか」
第49回「私は、可愛い娘から逃げてここにいるのだ」
第50回「ママ、大好き」と言って眠りに落ちた娘の側で、私ももう一度眠りたい
第51回「わたしは「懺悔日記」と銘打った記録を書き上げた」
第52回「娘の屈託のない笑顔。ここにわたしはなにを求めていたのだろう」
第53回「産後はみんなホルモンの影響で不安に。それに耐えられる人とそうでない人がいる」
【最終回】第54回「なぜ病気になったのかはわからないが、私を治したのはまぎれもなく、娘だ」

「懺悔日記」連載一覧

藤田あみい

イラストレーター・デザイナー・エッセイスト。
「無印良品の家」のウェブサイトで「ぜんぶ無印良品で暮らしています~三鷹の家大使の住まいレポート~」を執筆中。
2016年に同タイトルの本を出版。現在韓国語・台湾語に訳され、幅広い層の人へ向けて発信を行っている。
趣味はショッピング。夫と娘が生き甲斐。

「懺悔日記」読者へのメッセージ

妊娠・出産を得て、わたしは強迫性障害という病気になってしまいました。
強迫性障害を簡単に言うと「潔癖性」というようなものがわかりやすいと思います。
私の場合は潔癖ではなく、「『娘に障害があるのでは』という強迫観念が浮かんでくる。」というのが症状です。
愛する子どもを育てていて、一瞬でも「この子に何かあったら」と不安を感じる人は少なくないと思います。
このブログはそんな気持ちのドツボにはまってしまった私の懺悔の日記です。
「ありのままを受け入れる」そこに至ることが難しい人に向けて、少しでも気が軽くなればいいなと思い書き連ねています。
藤田あみい