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藤田あみいの「懺悔日記」・50命を生み出した瞬間に「死」が生まれる子育てが、楽しいだけのわけがない【懺悔日記・あとがき】

2017.08.15

ついに連載終了! 
みなさんの「懺悔日記」への思いもぜひお聞かせください

出産後、ある時期から深刻な産後うつ状態になったイラストレーター・藤田あみいさんが、娘のてーたんを育てながら3年間にわたる気持ちの揺れを克明に綴った日々の記録「懺悔日記」。

その内容を、少しずつ公開してきた連載も、前回ついに最終回を迎えました。

今回は、長い連載を終えた藤田さんの「あとがき」をご紹介します。みなさんの体験を投稿いただく【#わたしの懺悔日記】にもぜひご協力ください。

「懺悔日記」を最初から読む


あとがき

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長い長い懺悔の日記を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
この日記は長いことつけていた育児日記を、2016年の入院中に「懺悔日記」としてまとめたものです。

読者の皆様がおそらく気になっているであろうことから、書きます。

娘は3歳8ヶ月になりました。3歳児健診もとくに何かを指摘されることもなく、そして4月から認可保育園に転園したのですが、非常にスムーズに新しい環境に入っていくことができ、元気いっぱいにお友達と遊び、よく食べ、しょうもないわがままを言い、すこぶる良く寝ています。

娘の発達障害を疑っていたわけですが、良くも悪くもTHE・3歳児です。「母親の勘は当たる」という言葉に翻弄され、畏れ多い程の心配をまき散らしましたが、今のところ特別な心配はいらないようです。関係者各位(親族など)本当に申し訳ありません。

気にしていた耳ふさぎも、やはり単にブームだったようで、私がいろいろなことを気にしなくなった時期から自然と減ってきて、ディズニーランドでも大はしゃぎでしたし、妹の結婚式のバンド演奏なんかもノリノリで踊り狂っていました。

とはいえ、大人になってから見つかるケースなども多々ありますし、本当に大きく分類するとみんなアスペルガー症候群かADHDのどちらか、もしくは両方の要素を持ち合わせていると、お医者さんからお聞きしました。なので「発達障害じゃなかった」という言い方は適切ではないような気がしています。

しかし重要なのは、障害の有無を気にすることではなく、目の前にいるこの子をいかに笑顔にしてあげられるか、そしていかに自分が楽しむか、ということだと、二年半以上悩み続けてやっと答えが出ました。
これは単なる言葉ではなく、実感として理解したことであります。

人から言われてみてハッと気づくこともありますが、私は実体験として経験しなければならなかったようです。

自分の病気について

症状が落ち着き、安定した、寛解(かんかい)に近い状態ではあると思います。現在はおおよそ普通の人間生活が送れるようになりました。本来のだらしなさが相まってまだ夫に任せてしまう部分もありますが…これは病気と関係ありませんね…。

またあの状態になってしまったらどうしようという不安(予期不安というらしいです)は未だありますが、もともとの明るい自分が戻ってきたな、と実感しています。

強迫性障害や鬱の方は、厳密に言うと2017年4月ごろから急に良くなってきました。いまでもふっと不安な気持ちになることはありますが、これも波の一部なのだ、しょうがないことなのだ、じきにおさまる、と思っているとなんとなくやり過ごせるようになってきました。

強迫性障害や鬱はとても辛い病気です。私も自分の状態が一体なんなのかと把握するまでは、もう本当にわけがわからなくて、なにをこんなに怖がっているのか、なんで24時間こんな不安な考えが頭を駆け巡るのか、どうして確認作業をやめられないのか、本当に悩みました。家族も振り回して、たくさん傷つけてしまいました。悲しい思い出でいっぱいです。

病名が分かってからは、それに関連する書物や治療法を読み漁り、あまりにも型にハマった症状だったので少しほっとしたものです。現状を把握するということは、鬱のような状態であっても、強迫性障害であっても、とても重要なことなのではと思います。

病院選びもとても難しいのですが、育児や子どものことで悩んでいるお母さんは、子育て経験のある女医さんのところに行くのが一番スムーズに話を理解してくれるような気がします。心療内科や精神科に行くのは少しハードルが高いことのように思われがちですが、いまの生活を少しでもよくしたいという気持ちがあるのであれば、門をたたいてみるのも悪くないかもしれません。文中でも紹介させていただいた「認知行動療法」というカウンセリングもとてもおすすめです。

心の病気は「いつ終わるのだろうか」「終わりがあるのだろうか」という恐怖が常につきまといますが、諦めない気持ちだけは忘れずにいてほしいと思います。私は、猛烈に苦しい中でも「治ることを諦めないぞ」ということだけは強く誓っておりました。娘や夫がいてくれたから思えたことでもありますが、その気持ちの中にこそ希望があると思うのです。希望さえ見失わなければ、必ずです、必ず、素の自分に戻れると思うのです。滑稽でも藁にすがってもいいと思います。希望だけは失わないでいてほしいのです。

不安の数ほど愛がある

子育て中は何かと不安定な気持ちになります。私の友人は、恐ろしい事件やニュースを見るたびに、自分の子どもにそれが降りかかるのではないかと危惧し、そういったニュースを必死で探し、さらに不安になっていき、事件の予防のために家から出ない生活を送ってしまうことが悩みであった、と言っていました。

また、他の友人は、家の床が抜けて、子どももろとも階下に落下してしまうのではないかと考えてしまい、重いものを床に載せないようにしてみたり、床に脆い場所はないかの確認をしてしまったりすることが悩みだと、教えてくれました。

以前、テレビでも床が抜けることが心配で、床をこんこん叩いているうちに1日が終わってしまう…という外国の女性のストーリーを放映していて、その方も子どもが生まれたのと同時に症状がひどくなっていったようでした。(ちなみに、そこでもやはり暴露療法での治療をしていました。カウンセラーと一緒にスーパーで重いものを買ってきて、ちょっとずつ冷蔵庫に入れていくのです。入れている時にその母親はあまりの恐怖に泣きじゃくっていましたが、その方も最終的には寛解した、というような話だったと思います。)

思うように育児ができず、イライラして子どもや夫に当たってしまったり、その結果、自己嫌悪感でひどく落ち込んでしまうというような話も友人たちからよく聞きます。

産後はホルモンのバランスが崩れ、今まで思いもしなかったような考えが浮かんできたりするようです。ちょっとでもおかしいな、と思ったら、悪化しないうちに手を打っておいた方が先々のためになるのでは、と感じます。

また、なかなか仕事をしているとうまくいきませんが、友達の存在は本当に心の支えになります。懺悔日記の中ではあまり触れていませんが、私はいわゆる「ママ友」を積極的に作りました。みんないい人たちでした。

近所におすそ分けをしてみたり、支援センターにいったり、Instagramを使ったりして、友達を作りました。保育園のママとも積極的に関わりを持とうと意識しました。悩みを話して「あみいちゃんがおかしいんじゃないのよ、私も同じなのよ」と言ってくれた友達や、悩みを理解して一緒に涙を流してくれた友達、本当に辛かった時に「少しの間てーたんを預かるよ!」とまで言ってくれた友達もいて、どれほど救われたかわかりません。育児は一人でできるものではないと改めて強く思います。

ママ友というと近年では少し良くないイメージもあるようですが、私の周りにいた方達は幸い本当に心優しく、子どもを大切に育てる「仲間」といえる存在です。たった一人でもいいから心のうちを話せる友達がいると、いつもの育児がちょっと楽しくなるかもしれません。

育児をする母親は、まるで神話に出てくる女神のように愛情に溢れているイメージを私は持っていました。現実は、苦しいことや辛いこと、悩んでしまうことも多く、思うようにいかなくなると、不安や不快な気持ちを持ってしまうこと自体に強い自己嫌悪を覚えてしまいます。しかし自分の経験を持って言えるのは、育児って辛く感じてもいいんだ、不安を感じてもいいんだ、ということです。

人一人育てることが、一辺倒に幸せなわけがないのです。病気もしますし、怪我もします。極論を言えば、命を生み出した瞬間に「死」というものが生まれます。楽しいだけのわけがないのです。思うようにいかなくて辛い、辛いと感じることが辛い、そんなお母さんがいたら、そういうものも含めて全てが「育児」であり、「不安の数ほど愛がある」とお伝えしたく存じます。究極の「嫌い」は「無関心」です。育児に対する強い感情があるうちは、ぜひ自信を持ってもらいたいと思うのです。

執筆作業について

正直に申し上げると、とても辛かったです。思い出したくないイヤなことをどんどんと思い出して、日記や携帯の記録、LINEでの会話なんかも全部全部掘り起こして、再び憂鬱な気持ちになって書きました。書き終わった後はいつも当時のことを思い出して、涙が出そうになりました。

見栄っ張りなので、人に苦労したことを話すのも好きではなく、ましてや不幸な思いを愛しい娘にさせていたことなど、葬りたい過去でしかありません。いまでも家族は当時の話をさらりと笑い話にして話してきたりしますが、まだあの時期の苦しかったことだけは私の中で消化しきれていないようで、ごめん、その話やめて…と散々迷惑をかけたにもかかわらず、偉そうに言ってしまうこともあります。

では、なぜそこまで嫌だったことを多くの人の目に触れるような形で公開したのかといいますと、私は調子が良くなっていくにつれ、イヤだったことをさっぱりと忘れていっていることに気づいたからです。

あんなに辛かったのに、あんなに苦労したのに、人間は嫌なことから忘れていってしまう。そういう頭の仕組みだから仕方がありませんが、苦しんでいる最中、あんなに誰かに救われたかったのに、元気になったわたしは、もう全然関係ないような顔をして生きていくのだろうか、と思い辛くなりました。

誰かを「救う」なんておこがましいというのはわかっています。でも、もし、わたしが本当に苦しかった時にこういう読み物があれば、少しは救われたのではないだろうか…という思いが執筆をすすめる動機でした。

悩めるお母さんすべてを楽にしてあげられるとは毛頭思っていませんが、誰か一人でも、ほんのちょっとでも心が楽になってくれればこの上ない幸せでございます。本当に苦しくてたまらないからこそ、誰かを少しだけでも励ましてあげたいと強く思うのです。

最後に、娘へ

あなたがとても愛おしいです。毎日バタバタしてしまって汗だくになっても、疲れて立ち上がれないほど振り回されても、眠りについたあなたの顔を見ると湧き上がってくる熱いものがあります。どんなに大変な1日を送っても、あなたの寝顔を見ると「いい夢を見てね」「明日もいい1日だといいね」という思いがこみ上げてきます。あなたを見ていると胸がぎゅっと締め付けられるほどの愛を感じます。この日記を読める歳になったあなたが、どうか傷つきませんように。ママが色々悩んだのは、あなたのせいではないんだよ。ママがまだまだ未熟だったのだ。勉強になりました、先生。

ママはとても幸せです。あなたが来てくれて本当に嬉しい。ママはずっとあなたを愛しています。何があっても、あなたの存在はかけがえのない奇跡です。どうか、自分を大切にして、笑顔で過ごしていけますように。あなたが自分の人生に誇りを持って生きていけますように。どんな時も希望を失わないで。

藤田あみい

イラストレーター・デザイナー・エッセイスト。
「無印良品の家」のウェブサイトで「ぜんぶ無印良品で暮らしています~三鷹の家大使の住まいレポート~」を執筆中。
2016年に同タイトルの本を出版。現在韓国語・台湾語に訳され、幅広い層の人へ向けて発信を行っている。
趣味はショッピング。夫と娘が生き甲斐。

みなさんの体験を募集します【#わたしの懺悔日記】

半年にわたって連載した藤田あみいさんの「懺悔日記」。わが子の発達に不安を感じて、そのことで頭がいっぱいになってしまった日々。毎回綴られる赤裸々な告白に、先がどうなるか心配になった、という読者の声を多数いただきました。

いっぽうで、「藤田さんの日記を読むと、大変な思いをしているママは自分だけじゃなかった、と感じて救われた」という声や、「思い返せば自分にも、育児で思い詰めていた時期があった」といった声も。

そこで、ハナコママ編集部では「#わたしの懺悔日記」というテーマで、読者のみなさんからのコメントを募集いたします。

妊娠・出産・子育ては、新しい命を迎えるしあわせなできごと。ですが、ときに、命を預かるプレッシャーゆえに、つらく苦しく感じることもあるのではないでしょうか。

産後うつ、マタニティブルーなどで、気分が不安定になってしまった経験や家族につらくあたってしまった経験。子育てについて、過剰に悩んだり落ち込んだりした経験など。

そのときの気持ちや体験をシェアすることで、「自分だけじゃない」と、苦しんでいる誰かの気持ちをラクにできるかもしれません。

ぜひみなさんの体験をお聞かせください。もちろん「懺悔日記」を読み終えての感想も大歓迎です!


↓投稿はこちらから↓


産後うつ、マタニティブルーなどで、気分が不安定になってしまったことや家族につらくあたってしまったこと、子育てについて、過剰に悩んだり落ち込んだりしたことなど、「#わたしの懺悔日記」に寄せるエピソードがあればお書きください。(2000字まで)

「懺悔日記」に対する感想やコメントをお書きください。(2000字まで)

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