
ハワイ5か月目、息子の英語コミュニケーションに「ピジン」を見た!【連載・ハワイとコトバ・5】
「Hanakoママ」で「コドモのコトバ」を連載中、心理言語学の専門家、広瀬友紀さんによる、ハワイ滞在レポート。8カ月間の在外研究で、現在、ハワイ大学に滞在中です。現地での暮らしのこと、小2の息子さんのこと、コトバの話を綴ります!
ハワイ語ではないハワイの言葉
Hau’oli Makahiki Hou!
今年最初の原稿です。ハワイ語で新年の挨拶は Hau’oli Makahiki Hou というのだそうです。
本年が皆様にとって素晴らしい年になりますように!

さて、ハワイの言葉のお話の続きは、「ハワイ語ではないハワイの言葉」です。
ハワイ・ピジン、ハワイ・クレオール
ハワイの言葉、としてハワイ語の他に挙げられるのが、いわゆるハワイ・ピジンと呼ばれる言語です。
ハワイでは1700年代後半にヨーロッパ人との交流が始まり、1800年代以降はプランテーション産業に従事する移民が世界各国から多く移住しました。
この過程で、さまざまな入植者のお国言葉と先住者のハワイ語を融合したような言葉が共通のコミュニケーション手段として普及するようになりました。なかでも、世界中の様々な地域で話されている英語と、ハワイ地元民の言語の特徴と融合した独特の言葉はハワイ・ピジンと呼ばれています。
こうしたピジンの発生はハワイに限りませんし、世界には英語以外の言語がベースになったピジンもあります。
ハワイ・ピジンの基になっている様々な言語のなかには、世界の別の地域で使われていたピジン言語もまた含まれているのです。
正確にはハワイ・ピジンはなくてハワイ・クレオール
さて、こうして入植者とのコミュニケーション手段として発生したピジンですが、ピジンを話す人たちの中で第二世代以降、つまり子供の頃からピジンを母国語として身につける世代もでてきます。
「母国語世代」が誕生したピジンのことを正確には「クレオール」と言います。なので、現在ハワイ・ピジンと呼ばれる言語は厳密にはハワイ・クレオールです。巷では「どっちでもいい」感覚で両方の名称が使われているので、このコラムでも呼び方にはこだわらないことにしますね。
ハワイ・クレオールとは別に、「英語のハワイ方言」というのもあるようで、両者は別の言語だとされていますが、実際の話者は幅広く、両者の間にはグラデーションがあって、どうやらはっきりした区別はつけにくいケースも多いようです。
我々からしてみたら「英語のようで標準的な英語でない、ハワイ独特の特徴をもつ言葉」というかんじでしょうか。

豪快な過去形?
ハワイ・クレオールの特徴として、「英語が主なベースになっているのにかかわらず、英語とはずいぶん異なる点」が多くあります。
文法面での特徴のひとつが時制の情報をどう表すか、です。ずばり、動詞を過去形の形に変えて使う代わりに、”wen”を動詞の前につければハワイ・クレオールの過去形の出来上がりです。
例えば、英語ならI ate. というところ、I wen eat.となります。
動詞にwenを使えば一律過去形になるのなら、「この動詞の過去形は規則変化?不規則変化?」って悩みともおさらばですね。(ついでにいうと発音も、i: 、つまり長く強く発音する、いわゆる長母音と、i、つまり短く軽く発音する、いわゆる短母音の区別をしないので、”eat” はあえて書き表すと”it”のような発音になります。)
豪快な進行形?
英語で、「〜している」みたいな進行形は、be動詞+〜ingだって我々も中学校で習いましたよね。
ハワイ・クレオールではこの現在進行形の意味合いは、stay + 動詞(ingをつけるかどうかはオプショナル)という発想で表現します。I am eating はI stay eat またはI stay eatingです。(発音は、I ste it/iting というかんじ)
そのほかにも、個性的な音声面・文法面での特徴がまだまだあります。
ピジンやクレオールはエセ言語?
ハワイに限らず、一般的にピジンやクレオールは、複数の言語が融合した結果、中途半端な文法しか持たない、いわゆる「まっとうでうない、ステイタスの低い言葉」というふうに長く捉えられてきました。
そうした言語を母語として話す人たちが、自分たちの母語に誇りを持つことはなかなか難しかったことでしょう。
しかし近年では、ピジンやクレオール言語にも、たとえ元の言語と異なるものであれ、独自の秩序を備えた体系が成立していることが学術的にも確認されつつあります。
今では、ハワイ・クレオールを始めとする世界様々な地域のクレオールは、言語学的にもれっきとしたひとつの言語であると考えられています。
このハワイ・クレオール(ピジン)、どんなふうに聞こえる言葉なのか興味がわきましたか? ハワイ大学のこちらのサイトで音声のデモが公開されています。
https://www.hawaii.edu/satocenter/langnet/sounds/hcesound.html
聞いてもわかりましぇん(笑)……、だけどよく聞いていると、英語がベースになっていることが少しわかるような気がしませんか。
でもしばらく眺めていると「これもともと英語の単語だな」というのが少しずつわかってくるような気も… 冒頭の no fogaet kam は No forget come かな?すると逆に、我々が知っている英語(Do not forget to come)とどこが違うのかがより浮き彫りになってきて面白いです。

ハワイ・クレオールの説明は、ハワイ大学The Charlene Junko Sato Center for Pidgin, Creole, and Dialect Studiesの以下のサイトを参考にしました。英語で書かれていますが、興味のある方、ぜひ見てみてください。
https://www.hawaii.edu/satocenter/langnet/definitions/hce.html
うちのピジン
そういえば子連れでハワイに来て5ヶ月。これまで息子の「なんちゃって英語でコミュニケーション」を観察してきましたが、これまたクリエイティブです。
特に、英語の語をそのまま日本語の語順で並べてみた、という興味深い発言も(以下例)。
My class finish change ok? →(友達に)「ボクのクラス終わったらヤモリの世話交替な!」
Me, knock knock is, door open, ok? → 「ボクがノックしたらドアあけてね」
うーん、うちの子、英語を習得する代わりに、もしかして「コータローピジン」を編み出してるんじゃないかしら!?

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【ハワイとコトバ】連載一覧

広瀬友紀
ひろせ ゆき〇東京大学大学院総合文化研究科教授。
心理言語学、特に人間が言語を理解するしくみを研究。
2017年8月より8カ月間の在外研究で、ハワイ大学に滞在中。
小2男子の母。著作に『ちいさい言語学者の冒険-子どもに学ぶことばの秘密』(岩波書店)。

子どもの言葉について考察! 広瀬先生の【コドモのコトバ】も連載中!