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「そんな悪気は全然ないよ」という言動こそが実は根深い【LGBT・トランスジェンダーを生きる・5】

2018.06.14

【集中連載】インタビュー/LGBT・トランスジェンダーを生きる・5【最終回】

心理言語学の専門家、広瀬友紀さんによる集中連載。LGBT・トランスジェンダーをテーマにお送りした連載も今回が最終回。大人が子どもに伝えていきたいことについて考えました。


ハワイ大学大学院生(先月修士修了・就職活動中)で、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー の頭文字)のなかでもいわゆるトランスジェンダー(あえていうと女性→中性。中性とはXジェンダーと呼ばれる性のひとつです)ド当事者であるリンさんと、ド非当事者(私)の間でのぶっちゃけQ&A引き続きお送りします。


(リンさんの人となりはこちらの記事を読んでいただければと思います。https://hanakomama.jp/topics/47881/
Group of smiley hands against green spring background

ジェンダーを考えるために、大人にできること

Q:親同士「小さいころから人とのおしゃべりが好き、やっぱり女の子だね」「言葉でのコミュニケーションより体を動かすのが先。戦いごっこばっかり。やっぱり男の子だね」って私も普通に話してたりするんですが、何か思うことはありますか。

A:「そういうのは聞いた子どもが『じゃあ、男らしくするにはそうしなければ』とか『そういうの本当は嫌いだから女として自分はできそこないではないか』っていう気持ちに繋がって行くと思います。親も、『自分の子どもは〇〇が好き・嫌いだから、何かおかしいのかな?』って思うようになるかもしれないです。」

「その子が一人の子どもとしてどんな子かという話より『男の子・女の子』としての評価になってしまうので、その枠に入りきれない子どもにはすごく不公平な気がします。その子どもがトランスジェンダーじゃなくても、ただ社会的な男・女の役割ににマッチしない趣味があるだけで、『自分は男じゃないかも・女じゃないかも』って思ってしまうかもしれないです。」(リンさん)

……「そんな悪気は全然ないよ」という言動こそが実は根深いのかもしれない……。

自分が何者かという基本的なところで自分自身を認められなかったり、親に喜ばれなかったりしてしまうと、未来に向かって「自分には何が成し遂げられるか、どんな可能性があるか」に思いを馳せるスタートラインに立つのも簡単ではなくなってしまうでしょう。

私が勤務する大学の、一般教養の語学を担当する教員の会議で、学生を呼ぶときに「さん・くん」で区別しないでおこうね、ということが確認されました。生まれたときの性別と、自分が認識する自分自身が一致しない人にとっては、無理矢理片方のカテゴリに分類されるのはとても辛いことだ、という声が実際に学生から届けられたのだそうです。

さらに、自分の味方になってくれるはずの家族の中でさえ理解が得られない(あるいは本人がそう判断して本人が家族に言えずじまいである)ケースが多くあるのだそうです。そういった学生さんたちが、少なくとも外の世界で自分が最も自然だと思うあり方でいることを大学としてわざわざ阻害することないよね、という考えに異を唱える人は誰もいませんでした。(なんて偉そうに言いますが自分はゼミではずっと何も考えずに「さん」「くん」分けてました…)

マジョリティとマイノリティが率直に話せる社会にするために

ここまで書いてきましたが、私自身は、自分の性別が女性だということを疑ったことはないし、女性と恋愛したくなった経験もありません。男女の社会的地位が平等かどうかという問題でいうとまあ日本の社会では性別的マイノリティかもしれないが、自分自身のジェンダーの認識としてはマジョリティでしょう(性的少数者ではない)。で、何かにつけマジョリティに属している限り、同じような価値観の人たちに囲まれて楽に生きてこられるのが日本のいいところ(?)です。

でもその均質性を脅かす存在に対してどうしたらいいのか… マジョリティにとって最も楽な解である「そういうのは集団に完全には混じらせないことによって均質性を保つ」(要するにマイノリティは別モノとしておく)以外の例を今のところ子どもたちはあまり知らないし、私を含めた大人達もあまり教えてもらったり、実体験したりしてこなかったように思います。そんな大人が「みんなと仲良くしなさい」って言っても、心に響くわけもなく。

「均質性」を守るのに協力できる子どもは順調に沢山育っているけど、「均質性」を脅かすマイノリティ、そしてそれを見て、マジョリティに属しながらも「均質性ってそもそもあるの?必要?」「そこに線引く必要あった?」と疑うことのできる人たちももっと増えていったほうが未来は明るいと思うのです。

マイノリティの問題についての問題提起は、たいてい当事者同士からの発信が多いと思うのですが、だから、リンさんと私みたいに、当事者と、全く当事者じゃない人間でLGBT(性的マイノリティ)の話ができたことは意味があることだったよね、と感じています。

LGBT(性的マイノリティ)に限らず、こんなやりとりがもっと世界の、日本のあちこちで聞かれる機会が増えるといいなと思います。同じ人間があるときはマジョリティとして、ある場ではマイノリティとしてお互い率直な疑問を交換することで世界がもっともっといい場所になるよ、そんなふうに、今すべての子どもたちに呼びかけたい気分です。


何て言えばいいのかよくわからないから、以前の記事では

「間違っても、自分たちに理解できないという理由だけで他者をディスするような奴に育ったらオカンしばくぞ〜。」

なんて吠えちゃいましたけどね(笑)。
これまでの「トランスジェンダーを生きる」
第1回 男女どちらでもない。「無理に分類されたくない」という性別
第2回 「女が好きな女は、男になりたがっている」と決めつけないで
第3回 「男部屋」「女部屋」という分け方、性的少数者はどう感じる?
第4回 性的少数者の子どもが、学校生活で困ること
連載一覧

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広瀬友紀

ひろせ ゆき〇東京大学大学院総合文化研究科教授。
心理言語学、特に人間が言語を理解するしくみを研究。
2017年8月より8カ月間の在外研究で、ハワイ大学に滞在中。
小3男子の母。著作に『ちいさい言語学者の冒険-子どもに学ぶことばの秘密』(岩波書店)。

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子どもの言葉について考察! 広瀬先生の【コドモのコトバ】、連載中。
ハワイ大学に滞在中の、現地での暮らし、小学生の息子さんのこと、コトバの話を綴った【ハワイとコトバ】はこちらから