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【桜蔭中学・合格ママの体験記】1年生になったばかりの娘が通い始めた塾。そこでのテスト結果で知った事実とは…?!

2019.04.18

この連載は…
娘が、女子御三家と言われる名門私立中学・桜蔭に合格したママの体験記です。当初は中学受験なんてまったく視野に入っていなかった親子が、なぜ最難関に挑戦するにいたったのか。その軌跡をたどります。


受験

1年生のクラスは幼児教室??

実は親の私自身も小学生の頃に受験を経験し、私立中学へと進んでいました。私は本命の中学受験の日インフルエンザを発症し、試験が受けることができませんでした。滑り止めの私立中学には受かっていましたが、その中学には魅力を感じていなかったことと、公立小学校の友達と仲が良かったことがあり、地元の中学へ行きたいと親に訴えました。

ところが、うちでは聞き入れられず、両親の希望(見栄ともいう)で泣く泣くその中学へ。新設の何も整っておらず、規則だけはやたら厳しいその中学は窮屈で、案の定ちっとも馴染めなかったという過去がありました。大学を見据え、早くこの刑務所のような中高から脱出したいということのみでガリガリと勉強して過ごしていました。大学は予備校も行かなかったので、親に干渉されず、自分で選んだ学校に進むことができ、謳歌しました。
このような理由で私自身は、私立だから良いとは思うことはなく、私立志向は強くなかったのです。

塾に通わせようと思ったのは、当時施行されていた「ゆとり教育」のまま育つことに不安で、ゆとり以前の教育を受けさせたいという思いからでした。ゆとり教育は、自分自身が経験していないため心配でした。ニュースや週刊誌でもマイナスな情報が多く流れていて、やがて娘が小学校3年生頃廃止になりました。塾に通ってなかったら、廃止に対しても何の抵抗もできず、落ちこぼれていたと思うので、これは心配がなくてホッとしたことを覚えています。

四谷大塚へ入った時期は5月。娘は1年生になったばかりということもあり、「勉強する」という行為が目新しかったようで、塾へもはりきって通っていました。
塾へ迎えに行った帰り道には、こちらから聞かなくてもその日にやった授業について、事細かに教えてくれました。
娘が楽しそうに話す様子を見ながら、安心していました。
同時に「ゆとり真っ只中に塾へ通っていない1年生は、近所では我が子だけ」という事態から抜け出たことに満足していました。
四谷大塚の1年生クラスの教室は、大きな透明の窓ガラスがついていた。1階の入り口を入ってすぐの場所で、クラスの様子を気軽に眺めることができます。1年生は靴を脱いで入る教室で、リラックスできるように工夫されていました。先生は女性で、道具をよく使い、飽きさせないように工夫している授業でした。

四谷大塚では、月に一度理解を確認するテストがありましたが、結果については、ほとんど気にしていませんでした。
1年生が終わる3月、最後の月例テストの後に塾の担任の先生から電話がかかってきました。
「お母さん、大変申し訳ないことがありまして…」
と、かしこまった様子の先生に「なんだろう」と思って話を聞くと、
「お嬢さん、今回テスト、とっても頑張って成績がとてもよかったんです」
確かに今までで一番良く、家でも喜んでいました。
「それが何か問題でも? 採点の間違いとか?」
と警戒し始めた私に先生は続けました。
「あと1点あれば、Sクラスでした。1点だけ足りなくて、落としてしまったことが申し訳なくて」
「え?なんのことですか?Sクラスってなんですか」
という答えに先生の方がびっくり。
「通常クラスの上位クラスがありまして、それがSクラスになります。どうしてもSにいれたいという親御さんが多いので、お母さんもそうに違いないと私は思っていたのですが」
「がーん。そんなクラスがあったとは」
と心の中で動揺していました。
私のそんな様子に先生は呆れつつ、ほっとしたようで
「お母様とお嬢さんが気にしていなければいいです。それでは」
と電話を切られてしまいました。

学校から帰ってきた娘に聞くと
「そうだよ。なんかあるみたいよ、Sっていうのが」
と娘もよくは知らないが存在は知っていた。
「Sクラスに入りたい?」
と聞くと
「ううん、今のクラスが面白いからいい」
という答えでした。
「それならよかった」
と思いながらも、実態のわからないSクラスのことが気になり始めた学期末でした。

葉月なつ
フリー編集者・ライター。空気を読みすぎて流されやすい、ブレブレな19歳の長女と、生まれた時から「俺は俺」という「俺道」を突き進むマイペースな12歳の長男を持つ2人の母。長女が3歳まで出版社勤務。0歳児から長女を保育園へ預けフルタイムで働いていたが、長女が精神的に不安定になり、長女が3歳になったときに退社。以後専業主婦となり、パート勤務のみで家中心の生活。家族の理解を得て、昨年フリー編集者・ライターとして再スタート。

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